<<身代わり不可症候群>>身代わり不可症候群(追36)61歳~63歳

2012 年 12 月 18 日

  61歳~~63歳までです。
この年齢になっても、もう、多くの方々が、年金を貰いながら、遊んで暮らしていたりもします。(現在、年金をもらうのは65歳からとなっているようですが・・・・)
それも、案外と、自分の事しか考えません。
人間の{{こころ}}って、本当に面白いものです。
何歳になっても、己の({こころ})しか見ておりません。

  自分が「「善人」」であること、そう、「「真面目」」だと思っています。
そして、何時までも、生きていると、考えていますよ。
本来的には、必ず、人間は、いや、己は、死すべき({存在})だと知っているのが良いのですが、そんな({死}の事柄などは、考えたくありません。
「「死」」の話からは、逃げるものです。
多くの人達は、自分の「「死」」を見たくないし、語りたくもありません。

  人間の一生を、見たくないのですから、何時も、「「死なない」」など、自分の命を({化けて})いる事になります。
そうですね、自分の存在についても、明確に知ろうとしません。
人間全体の生き様について、殆どの方達が勉強をしません。
悲しいのですが、この勉強が大事ですと、伝えても伝わりません。
まあ、あまり勉強、勉強だと言っても大変でしょうから、当方の伝える言葉、「「身代わり不可症候群」」だけでも、気づいて下されば、気楽な人間世界になるのです。

  一人で、此の世を生きるのでは、ありませんから、この事を明確に頭に入れて、他者の気持ちとか、他者の立場になってみる事でしょう。
「「身代わり可」」、「「身代わり可」」、などの言葉と、「「身代わり不可」」、[「身代わり不可」]の言葉を明確に知っておいて下さいませ、ね。 
今は、年齢別でこの記載をしていますが・・・、先ほどから皆様方へ伝えています。
面白いのは、人間が何年も長生きをしても、{{こころ}}の勉強をしなければ、精神的成長は関係ありません。
眼前で眺める事象が多くても、自分の{{こころ}}の奥底の{{こころ}}を変転させる事は無いのです。

  何年生きても、自分の{{こころ}}年齢は、変わらないですよ。
({反省})、({反省})が無い限り、自分の己の{{こころ}}は、自分で流転させる事ができないのです
相手を見る({眼差し})を変えたとしても、所詮、目先の見方{{こころ}}を少し変えただけであり、己の({潜在意識})や({無意識})の「「こころ」」を見ていないので、人間の{{こころ}}の成長とは、関係ありません。
「「身代わり」」、「「身代わり」」、何度も伝えますが、相手の立場に立つ事を学ぶべきですね。
「「身代わり不可症候群」」にだけは、ならないで下さい。

<<身代わり不可症候群>>身代わり不可症候群(追35)57歳~60歳

2012 年 12 月 14 日

  57歳から~60歳です。
女性は、まだまだ、この年齢では、({死なない})、などと考えると、大きな間違いになる場合もあります。
勿論、男も女もご存じですが。時にはですね、「「若年性アルツハイマ―病」」などに罹る場合もあります。
そうですね、認知症ですよ。

  年齢が、40代でも50代でも、起こり得るものです。
まして、60歳にもなれば、色々な病気になってしまいます。
昨今では、60歳からも、仕事の継続をと、行政が勧めています。
そう、これらは、何故でしょうかね。
人間が長生きし、({健康寿命})が、昔よりも、長くなったからでしょう。
一方で、人間が長く働くようにしていれば、そして、働く人間が増えれば、それだけ({税金})も増えるでしょう。

  人間って、面白いものですよ。
({平均寿命})が延びるだけでなくて、そう、({健康寿命})ですよ。
普通の人達には、なかなかと、気づいてくれませんが、自分だけが({健康})でも、働いても、周囲の人間が気安く働けるのが、最良でしょう。
一人だけでは、どんなに自分が健康だと、主張しても、周囲の人間にもストレスが、かからないように、そんな集団であって欲しいものです。

  先述しましたが、この年齢、人間が長く生きれば、{{こころ}}について賢くなるのかと、聞かれれば、長く生きれば、それ程に、({こころ})の葛藤は溜まってきます。
そう、言わざるを得ないのです。
本当の事柄ですよ。
人間の{{こころ}}は、面白いもので、赤ちゃんの{{こころ}}は別にしておいて、生きる時間とは関係ありません。
生きる事に関して、明確に、しっかりと確認しておかないと、自分の{{こころ}}について充分に述べる事が出来ません。

  何時も、皆様方に伝えていますが、「「身代わり不可症候群」」の言葉の意味が、深く理解できるならば、人間世界を生きるのに({苦労})はしないでしょう。
({苦労})にも、{{からだ}}の苦労と({こころ})の苦労があります。
多くの場合では、{{からだ}}の苦労も、{{こころ}}の苦労が解決できるならば、その時には、消えて行くでしょう。
必ず、「「身代わり」」、「「身代わり」」を理解して、相手の立場を理解する事、皆さんが「「身代わり不可症候群」」にだけは、ならないで下さいませ。
当方の長年の({心理療法}の中で、気づいた言葉が、「「身代わり不可症候群」」です。

<<身代わり不可症候群>>身代わり不可症候群(追34)54歳~56歳

2012 年 12 月 13 日

  54歳~56歳までにしましょう。
いよいよ、定年に近づいています。
最近では、定年制度を少しながら延長している企業なども有ります。
最初から、当方が作り出した言葉を繰り返しています。
でも、素晴らしく良い表現であり、本当に、この「「身代わり不可症候群」」の意味が理解出来れば、立派な人間になれるでしょう。

  面白いものです、よ。
人間は、歳月を重ねれば、賢くなるのかと問われれば、そんな事は無いと伝えます。
殆どの人達は、ぼんやりと生きるか、悲しくつらい思いをしながら生きるか、或るいは、何も考えていないのと反対に、目前の事だけを、唯、それだけを、我武者羅に考えるだけの人達も居ます。
そう、だから、{{こころ}}のエネルギィ―を沢山と使いながら、そんな自分に気づかないで生きている方達も居ます。

  大変です、よ。
56歳にもなりますと、長生きをする女性でも、もう、人生の半分を生きたのです。
({運が悪い})と、女性でも、若いのに認知症になって生きるのにも理解できない方達も、時折に見られます。
女性だから、長生きをする、長生きをしないとか、あまり考えない方が良いでしょう。
人間世界とは、({何})だと、矢張り、少しは、全体像を勉強するべきなのですが、その方が気楽に人生を生きる事ができるのですがね。

  とにかく、誰もが、自分を中心に考えて生きていたいのです。
でもね、手段とかグル―プの中で生きるのですから、必ず、自分以外の他者の{{こころ}}を理解してあげて欲しいのです。
他者の{{こころ}}、他者の({気持ち})を理解してあげる事ですよ。
「「身代わり」」だと言えば、普通の方達でも、教えてあげれば理解できる筈なのです。
沢山と({悩み})や({苦しみ})などが有り、悩んでいる時には、必ず、自己中心的になっているものです。

  普通の方達では、説明すれば理解できる筈なのですが、自分達の{{生い立ち}}の過程にて、沢山の{{こころ}}の葛藤を抱えている方達には、案外と理解できない場合もあるみたいです。
いや、この年齢でも、生い立ちの中で、当人の({無意識})や{{潜在意識}}などが、沢山と動いている方達では、「「身代わり」」の意味が理解を出来ているようでも、現実には、{{からだ}}で理解しておかないと、そう、({悟る})と言う意味にもなりますけれどね・・・。
「「身代わり不可症候群」」って、素晴らしいことばですから、皆様方は、忘れないで下さいませ。       

<<身代わり不可症候群>>身代わり不可症候群(追33)51歳~53歳

2012 年 12 月 11 日

  51歳~53歳ですね。
この年齢でも、人間は意外と自分の({こころ})を眺めませんので、{{こころ}}については、如何なる状況になっているのか、勉強しないと、理解出来ておりません。
年齢を重ねても、{{こころ}}については、皆が勉強しません。
また、如何なる勉強をすれば、[{こころ}]を理解できるのかが、分からないのです。
殆どですが、誰も理解していませんよ。

  自分の{{こころ}}を変える方法ですよ、ね。
この方法を理解できていれば、沢山の病気も治るし、患者さんも減るでしょうし、医療費も安くなる筈ですからね。
何故って、自分の{{こころ}}が読める人達は、自分の病気も良くなってゆきます。
そう、{{こころ}}と関連した病気が通院患者さんの75%位は、有るでしょうからね。
また、肉体の病気についても、{{こころ}}の病を抱えていなければ、悲しみや痛みなどは少なくなっています。

  人間が、此の世を生きるのにあたり、エゴイスト、ナルシストの状況になっている方達が殆どです。
それほどに、人間は{{自己中心的}}なものです。
殆どの人間様ですよ、他人の気持ちを考えません。
勿論、此の世を生きるのですから、「「無我」」と言う言葉もありますが、「「無我」」にならなくても良いですよ。
「「我の思い」」でも、良いのです。
「我の思い」」を、どのくらいに「「無我」」に出来るのかでしょう。

  「「身代わり」」って・・・・・、相手の気持ちを理解できる事、相手の立場になってあげる事ですよ。
本当に、人間って、自分の事柄ばかり考えます。
自分の[{欲望}]には、随分と頭のエネルギ―を使います。
だから、自分の[{欲望}]を少しでも捨てる事なのです。
全部を捨てる必要などは、全く有りません。
目前の問題もあるので、少し位は、己の[{欲望}]も残しておかないと、大変ですよ。
自分の[{欲望}]を少なくしながら、そう、相手の気持ち、相手の立場になってあげる事です。

  逆に、定年が目前になって来ており、自分の[{欲望}]を増やす人達も居ます。
多くの方達は、自分の({欲望})を増大させていても、自分の{{こころ}}に気づきません。
そうであるから故、相手の立場になる事を一生懸命に考えましょうと、言っております。
「「身代わり不可症候群」」にならないで、「「身代わり」」できる人間になるべきです。
当方の知っている人で、何度も伝えますが、この「「身代わり不可症候群」」の意味が理解できずに、悩んでいる人も居ました。

<<身代わり不可症候群>>身代わり不可症候群(追32)47歳~50歳

2012 年 12 月 6 日

  47歳~50歳までです。
そう、この年齢になりますと、もう、自分の定年をも意識する方々がでて来ますよ。
勿論、このような年齢から、新たな人生の({花})が咲く場合もあります。
人間の人生って、何歳で、決まるなどとは、なかなかと言えません。
何かを[{切っ掛け}]にして、180度も、人生が変わる場合もあります。
ここでは、自分の人生が気楽に生きられるか、どうかを伝えています。

  人間って、一般的には、{{生}}を受けますと、{{死}}ぬまで自分を中心にして生きるものです。
多くの場合で、かなり、自分の人生と、また、全体の人生を見つめないと、人間の存在なんかが、理解できません。
人生とは、何か??、或いは、私の存在とは、何か??などを明確にするべきですよ。
だが、面白いものですが、あまり、人生とは、何かを考えないのが、人間でしょう、いや、人間ですよね。

  大変な事です、よ。
何故って、自分の({存在})が有れば、相手の[{存在}]が有るのです。
しかしながら、自分の({存在})のみを考えてから、他人の[{存在}]を認めないのですよ。
言葉の使い方ですがね、自分が常に[{優位}]に立てるように、何時も考えていますね。
自分の[{優位}]だけを考えるということは、他人の[{存在}]を、無意識的にしても、無視しているということです。
そのような考え方では、自分の人生が疲れるだけですよ。
必ず、他者の人生を肯定的に見てあげる事、これが、最大に大事ですよ。

  私が、一番に善人だと思わない事ですよ。
多くの人達は、必ずですね、自分が[{善人}]だと思いたいのです。
私は、真面目な人、だから、皆から褒められるのが当然だと思いたいのです。
そう、他者から、褒められたい、[{優位}]に有ると認められたい、のです。
自分が他者を褒めてあげる事を、考えるべきですよ。
相手の立場になって、あげる事、相手の状況や理由や、色々な出来事があるものですが、全ての出来事についても、自分の立場のみを考えないで、必ず、相手の気持ちを優先してあげるべきなのです。

  それほどに相手の気持ちを認めてあげると、自分が相手よりも立場が悪くなるでしょう。
でも、そんな自分、ですね、自分が相手の人よりも、劣っていると認めるのです。
それで、良いでしょう。
必ず、相手よりも、({優位})}に立つ事を考えなくて、良いではありませんか。
「「身代わり不可症候群」」、この意味が素晴らしく大事です。