<<心の世界>>青い鳥・心の灯り3

  両親の因縁で、人はこの世に誕生して来ます。
人間の生き様とは、人により色々様々と違うものです。
この違いは、主として{生い立ち}の中で、育まれているものです。

  生れながらにして、子供が気づいた時には、片方の親、或いは、両親の顔も姿も見えない場合もあります。両親が生きていても、生き別れもあります。
運悪く、両親などが不遇に出会い、戦争やあるいは病気による死に別れもあります。
  どちらにしても、親の顔を知らないで大人になると、人は心の底に{空しさ}や{空洞感}を引きづるものなのです。
ですが、親が生きていれば、子供は、{幸せか}?と問われれば「NO」です。

  親の子育てが、子供の一生の{運命}を決定する場合が多々あります。
これは、事実です。
子供は、親の姿を見ながら、心も体も成長していきます。
  親の子育てに、問題が有ると、子供の心・精神にも問題が発生します。
遺伝による場合は、例外としておきます。
親の態度が同じでも、時代の背景によって、子供が、親の行動や会話や心を受け止める精神状態は全くと異なります。
心理療法を体験した人でないと、理解できないかもしれません。

  人間の皆が貧乏な状況では、子供達もハングリー精神があるので、働く親の姿を見るだけで、案外と子どもは育つものです。  
子供は「親の背中を、見て育つ」ものです。
  ですが、日本の現在社会では、「豊かさは、人の心を迷わせる」という言葉があるように、大人も子供達も、一緒になって、見せかけの豊かさに惑わされて、裕福だと錯覚しているのです。
今の日本の第二次世界大戦の時代と終戦後の時代を比較すると、物質的には凄く豊かになっています。欧米は、更に、日本以上でもありましょう。

  人間の心は自由でなければいけないと、どこまでも、自分の思いが自由だと、自己主張して、受け入れられないと、すぐさま心の不満となって現れて怒ります。
  如何なる時代であれ、人間が此の世で人生を生きることについては、究極的には{自由はあり得ない}はずでありましょう。
法律や規制や柵などがあるのですから。

  いつの時代でも、人が人生での社会生活を過ごすには、食欲・性欲・睡眠欲・名誉欲・金銭欲など、持ち続けながら生きているものです。
どんなに細かく見つめても、このような欲望に人はとりつかれているものです。
 人は常に、自分の欲しいものを追い求めるか、自分に都合の良い環境を追い求めます。
そこには、必ず{執着する心}{拘るこころ}{差別する心}{分別する心}{偏る心}{とらわれる心}が湧いて来るのです。

  そう、「青い鳥」「心の灯り」を自分の外側に追い求める。
見つからないと言いながら、あちらこちらと、這いずり回って探し続けるのです。
確かに、自分の欲しいものを追いかけていますが、何時までも見つからないでしょう。
  真実に人が求めている物、すなわち「青い鳥」は自分の心の中にしか居ません。
  「心の灯りは」自分の心の中にしかありません。

「青い鳥」「心の灯り」とは、自分の心の力量を知ることであり、これが最重要なのです。
そんな自分の心を知ることが出来れば、きっと幸せになれる筈です。
自分の過去を振り返り、『本当の自己』を知りましょう。

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