私って、どんな人間なんだろう。
私って、一体にどんな人なんだろう。
自分が自分を見るよりも、意外と、他人は自分の事を評価しているものです。
また、普通の人は誰もが「私は、周囲の人達から<良く見られたい>、<良く思われたい>」などと、考えて生きています。
他人から自分への{評価}を考えると、自分の心が非常に疲れ易いです。
むしろ、自分が他人の{評価}を出来る人になって欲しいものです。
他人への{評価}であって、他人への{不満}、{嫉妬}、{妬み}などでは、これも大変に悲しいものです。
何故ならば、そんな考え方をしていると人間社会への{不適応}な人となるからです。
一番大切なのは、素直に生きる事です。
嘘、盗み、罪、などなど、そんな{考え方}や{行動}や{思考}をしない事です。
しかし、そんな思考体系であれば、その自分の生きを{是}か{否}か、を問い詰めながら生きる必要があります。
誕生~人生~終末~滅・・・、これしか個人の人生は有り得ません。
地球上での人間の存在そのものは、親から子へ、子から、また子へと、未来に向かって行くものでしょう。
その上で、自分達が此の世の地球上で生きている間に、幸せに人生を送ることが出来るかどうかでしょう。
人間、此の世を生きていると{運}の悪い場合もあれば良い場合もあります。
そんな人生の中で{運}の悪い場合には“如何に人生を考えるか”でありましょう。
貧困。食べる物も無い、着るものも満足に無い、住む場所も無い・・・。
また、隣近所の人達と比較すると、学業、学習、研究、はたまた、学問の各分野にて、どうも自分が劣っているとか・・・。
技術や科学の発展からは、どうも自分は落ちこぼれで心理的に苦しい・・・。
などでありますね。
或いは、人間関係について見ると、常に周囲の人と自分を比較して、自分が優位にいないと気持ちが落ち着かない。
そこから、不満、不平、やきもち、嫉妬、妬み、寂しさ、焦燥感、恨み、怒り、怨念、嘘、盗み、罪、などなど、自分の心の中に(大脳の海馬に・・・)そんな心理状態が<渦巻いて>動いているからですね。
時には、自分が持っていない物を周囲の他人が持っていたりすると、嫉妬して恨む場合も出てくるものです。
自分は今現在、「どんな状況でも<マイナスの心>は持っていません」と、言っても、自分の生い立ち、過去の中の心に{心の葛藤}を抱えていたとすれば、それは自分の人生を生きて行くのに、矢張り、何事にも心の葛藤を抱えやすく、心身ともに<疲れやすい>状態となって生きる事になります。
電話カウンセリングを試してみて下さいませ。