上記のように、人間の{{こころ}}について少し記載しましたが、誰も皆が精神医学界でも先達の言われた通りに考えており、納得しているようです。
当方、長年月間にわたり「「心理療法」」を行なっていますが・・・、人間の{{こころ}}と言うか「「意識」」についての簡単な表現について、従来の考え方と少し変わった考え方が有るのではないかと感じております。
前回でも少し述べましたが、誕生後の{{こころ}}から、更に、幼少時~生徒~学生~成人まで、また、高齢期にまでなる毎に、それほど、の余分な{{こころ}}は重なって行きます。
そんなに考えると、ピラミッドのように、頂上は小さいもの、小さい{{こころ}}ではないでしょう。
頂上は、大きな傘を広げたような{{こころ}}になって来る筈です。
そんな雨降りの中、いや、陽照りの中の日傘みたいなものです。
そう、傘の開き方が上手に開いているか、歪に開いて壊れかけているか、そんな状況が人間の{{こころ}}と思われます。
当方が、随分と長い間にわたり、「「心理療法」」に関わってきましたが、どうしても、ピラミッドの頂点が「「顕在意識」」&「「現在意識」」とは言えず、そんな気持ちが致します。
確かに、現在の{{こころ}}は、下層に「「無意識」」や「「潜在意識」」が有りますが、今の事、使っているのが「「顕在意識」」でしょうが、矢張り、当方は「「顕在意識」」&「「現在意識」」の方が、遥かに、大きな塊とも考えています。
大きな{{塊}}だけれども、人間が気づいていないだけでして、ピラミッドの逆三角形と言うのが本当でありましょう。
今の[「顕在意識」]や「「現在意識」」は、過去の「「意識」」を含んだ「「意識」」であり、人間が歪な{{会話}}や{{行動}}をとろうとも、全てが、過去の{{こころ}}を担いでいますので、当方は、逆三角形だと言っているものです。
表現の「「仕方」」が有りますが、どちらが真実なるものかを考えると簡単に理解できるでしょう。
現在の自分の「{{こころ}}が抱えているものは、誕生してから、ここでは、遺伝子や胎教の{{こころ}は省いておきましょう。
遺伝子に<<どのくらいのこころが有る>>のかと問われれば、誰も答えるのが困難でしょう。
勿論、胎教には<<どのくらいのこころが含まれている>>のかも全然と理解できないでしょう。
胎児が母親の胎内に居る時に、抱えるストレスなんかも、人間には真実な理解は出来ません、ですけれどね。
とにかく、「「顕在意識」」の方が遥かに大きいのだと、論文を記載しました。