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2013 年 6 月 21 日 のアーカイブ

<<人間>>人間教育(1)

2013 年 6 月 21 日 金曜日

  現代社会での生き様を見ていますと、人間の{{こころ}}が悪い方に変転しているように思われます。
小学、いや、幼稚園の頃からかな、中学や高校の生徒達、或は、大学生の皆さんを見ていますと、色々と{{こころ}}の歪な方々が居られますよね。
小学、いや、幼稚園の頃からかな、中学や高校の生徒達、或は、大学生の皆さんを見ていますと、全体的には、随分と、人間の{{こころ}}が単純になっているようです。

  単純になっていると言うよりも、歪になっていると言った方が正解でしょうかね。
「「人間教育」」と言うタイトルですから、矢張り、どうしても、中心がこころとなります。
「「人間教育」」となれば、どうしても、人間が此の世に誕生して生きて行くのに、人間社会で悩まないで苦しまないで爽やかに生きる事でしょうからね。
「「事件」」や「「犯罪」」など起こすような人間であっては駄目な人間でしょう。
そんな人間にならずに、真面目な人間として人生を生きる事の出来る状況が大事ですよ。

  「「人間教育」」なんて、しばしばと言われますが、誕生から、乳幼児~児童~学童、そう、小学~中学までは、親の「「人間教育」」が中心でしょうからね。
勿論、高校までが、親の「「人間教育」」でしょう。
しかしながら、例外として、中学生とか高校生とかの時から、家族を離れる場合もありますね、勉強のためとか、運動選手になるためとかですね。
そのような場合では、親よりも、周囲の人間達が「「人間教育」」を施してゆくべきでしょうね。

  生い立ちの中で、人間が育つ過程で、どのくらいの{{こころの葛藤}}を抱えるのか、どうかですよ。
そうでありますから、その人間((子供達))の周囲の人間の存在が大変に重要であると言いたいのです。
だが、現実となりますと、子供達の「「人間教育」」については、親達が、日頃から、全く、{{子育て}}については、勉強しようとは考えません、ですよ。

  昨今、携帯電話など、パソコンから、スマホまでが、人間社会に登場して来ています。
子供達は、そんな物にて遊びますので、現実の人達を眼前にして、上手な会話が出来なくなったとも言われています。
スマホなどにて、そんな中でゲ―ムで遊びますと、自分が中心人物になって遊べます。
現実の人間社会では、誰よりも、誰と比較しても「「劣等感」」が湧いて来まして、悲しく辛くなるのです。
幼い頃、誕生した時からの「「人間教育」」が大事です。