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2010 年 8 月 のアーカイブ

心の健康を理解できない人たち(1)

2010 年 8 月 12 日 木曜日

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<<未分類>>「記憶」2

2010 年 8 月 12 日 木曜日

 満2歳までに、赤ちゃんの世話を怠ると、後で大変な状況が起こって来ます。

では、満2歳を過ぎれば、その後では、どうでも良いかと問われると、人が自分の生命を生き続ける限り、自分の五感・六感で目前の状況を判断しますので、大変です。

何故ならば、何時でも、どんな時でも、目前の状況を如何に判断するかは、その人が今までを生きて来た、その人なりの(海馬が関わっています・・・)判断しか出来ません。

そう、全ては目前の事柄や、人の考え方も、皆が聞いていて見ていて,皆が感じ方が違うのですから、面白いです。

 

 人間は、誰も育ち方が違うので、あまり仲良く出来ません。

育ち方が違うから、現在の判断も違います。

地球上の人間の考え方の違いは、素晴らしい程に違いますよ。

人間の考え方が同じであれば、戦争とか政治や経済摩擦や小さな争い事にしても起こらないでしょう。

人間社会の{{生存競争}}や人間社会の{{人間模様}}も、地球上で何事も争い事が無いのが、最高に人類にとって幸福だと考えますが・・・。

ところが、人間って<生い立ちの環境=事・物・周囲の人も含めて>、皆が異なっていますから、考え方によっては永遠に地球上に{{平和}}は、やって来ないでしょう。

 

 今、当方は、人の心は【生い立ち】がどれほど大切であるかを、伝えたかったのです。

どこかの国のように・・・、結婚しては、赤ちゃんが出来たら直ぐに離婚してしまう。

そんな国が、ありますよ。

そんな子供達も、気づいてみれば、周囲の子供達の皆が自分を含めて<同じ環境で育ち>、誰も両親が一緒に住んでいない、などと理解できて来ると、子供達もそれなりに成長する段階で、自分の生い立ちを卑下したり劣等感を感じたりする事が少なくなっていくでしょう。

確率的に、子供達が、どんなに育つか、素直に育つかと言われれば、やはり、両親の元で育てられる方が良いでしょう。

両親が居ても虐待したり放任だけでは、子供達は育ちませんけれどね。

 

 案外と、人間って、自分のル―ツを知りたいものですよ。

自分が、何処から来て何処へ行くのか、ですからね。

有名な言葉に、{人間は何処から来て、何処へ行くのか}なんて言葉も有ります。

そう、少し難しい話になりますが、人工授精の時代にもなっています。

卵は誰の卵、精子は誰の???、やはり、人間として育って行く過程で、自分のル―ツが分からない、不明なんて、恐ろしくなります。

例外的に、誕生した時から、平均的に人間の脳の発達が劣っている場合も、色々な病気で沢山とあります・・・現実に、辛い事もあります、避けられない【定め】があります。

どれほど、親も子も、如何に納得できるか、ですが・・。

<<未分類>>「記憶」1

2010 年 8 月 10 日 火曜日

 人は、何時から【人】と呼ぶのでしょう。

誕生する前から、【人】と呼んで良いのでしょうか。

胎児の何ヶ月目から、【人】と呼ぶのでしょう。

この事については、各学問の学者の考え方で違います。

新生児からは、確実に【人】と、誰もが呼ぶでしょう。

これは、どんな分野の学者でも、否定が出来ません。

 

 赤ちゃんが誕生してから、8ヶ月で目前の判断が少しできるようになっていると、言うくらいです。

よく、言われるのは、2歳までを第1期の「不信感」、その後に生ずるものを、第Ⅱ期の「不信感」と呼びます。

人の「記憶」って、素晴らしいですが、マイナスの「記憶」が積み重なっていきますと、大変です。

時には、マイナスの過去の「記憶」が、今の現在になって恐ろしい事件、怖い事件につながってきますからね。

その後の、人間が成長する段階において、或いは、成人になってからも、心の葛藤は人が生き続ける限りにおいて、蓄積していくものであります。

 

 小さな悟りを開いて生きている積もりでも、余程の大きな「悟り」=人生哲学よりも、もっと「無常観」の悟りの方が大切ですがね。

最初から、難しい言葉を使っても、皆さんが大変でしょうから、難しい言葉と難しい表現は後回しにしましょう。

乳児の時期にても、例えばですね、人のスキンシップが無ければ、人間として育たないでしょう。

ミルクを飲ませても、人の肌に触れないままで、哺乳瓶でやっていると、最終的には命をつないでも、乳児の心は成長しないでしょう。

また、格別に、人の会話も無ければ、人の言葉を乳児の時から聞いていないと、大変な育ち方をします。

 

 簡単に言えば、スキンストロ―クと会話のストロ―クが100%必要です。

しかしながら、動物のストロ―クや動物の囀りや吠え声を聞いても、人として育ちません。

もう、この頃から、乳児の頃から、そのようになっていますよ。

乳児から乳離れ~満2歳まで、少しずつ目前が見えて来ていますよ。

母親の顔だけか、見知らぬ人の顔が何時もコロコロ変るのであれば、何を信用して良いか理解できませんね。

自分の肌で感じる事、自分の口で飲む食べる事〈舌で味わう事〉、自分の耳で聞き取る事、自分の眼で確認する事、自分の鼻で匂う事、などなど、小さな赤ちゃんの海馬に残っていきますから、子育ては大変ですね。          

<<講演>>カウンセリングと内観療法12

2010 年 8 月 6 日 金曜日

 カウンセリングと内観の区別を、少しながら述べて来ました。

自分の過去に触れない限り、「至福体験」・「至高体験」・「神秘体験」に至る事はないでしょう。

カウンセリングにても、少しながら角度を変えてクライエントに受けて頂く、自分の過去を見るなど、{課題}を少し提出して考えて頂く方法が考慮されるべきでしょう。

顕在意識、そう、人間は<<今の、現在の心=顕在意識で考え込んで>>悩んでいます。

無意識と潜在意識の中に澱み捩れた心が、多く人間には有るものです。

全ての人に有るでしょうし、絶対に有ります、「「絶対に・・」と言う言葉を、使います。

 

 誰も皆が「本音」と「建前」を、意識しながら生きているか、又は、無頓着で漠然と使い分けしているかです。

人格水準の歪な{{人}}は、この自分の心の「本音」と「建前」の心の使い分けの出来ない人達なのです。

皆が{生い立ち}、{育ち}、育てる人も違うし、{生い立ちでの人や環境}が異なっています。

そんな人間の間で、{人}は生きていかねばなりません。

性格・人格が同じように見えても、見えるだけで、プロの臨床心理士、格別に、卓越した内観面接者が人間を見れば、人の心の<<裏側までが、容易に見えて来る筈>>ですね。

面接者に見える心、明確に見える心でも、他者の心を、簡単に変えるのが困難です。

貴方は、「本音」と「建前」が違うから、両方の{心}を一つにして纏めて生きて下さいと、お願いしても、出来る訳もなく治る訳ではありません。

 

 「本音」と「建前」が、明確につながった時に、人間の心は<<素直になります>>ね。

面白いのは、人間世界を生きるのに非常に上手な人は、自分の「本音」と「建前」を素晴らしく上手く<<使い分けて>>います。

現実に、他者の目前で<<自分は真実には、思っていない事柄でも、真実なような顔をして>>他者と言葉を交わし、同じように行動もとるものです。

それでも、他者には、自分の内面の心の「本音」を見透かされないように、しています。

人間の集団の中でも、企業の中でも、上司に対しても、部下に対しても、自分の「会話」や「行動」や「心」を使い分けるのです。

その心の{{使い分け}}が、集団の中でも皆に<<見透かされない>>から立派です。

 

 集団の中では、或いは、個人の目前でも、自分の心を<<どれほど、積極的に使い分けができる>>かです。

「本音」と「建前」が、素晴らしく一挙につながった時に、「至福体験」・「至高体験」・「神秘体験」などを体得するでしょう。

無意識と潜在意識と顕在意識が、一挙に直線的につながると、大脳の海馬の変化も起こるし、神経内分泌ホルモン免疫のバランスも一挙に<<良い方向に>>変化します。

人間は、「死」を避けるもので、<<死にたくない>>など考えていますが、己の潜在意識にまで、「「無常観」」を抱きとめておくのが最高の人生でしょう。 

<<講演>>カウンセリングと内観療法11

2010 年 8 月 4 日 水曜日

 そう、内観療法〈内観法〉は、心理療法の場所が一定に設定されています。

自分の過去を、孤独になって探求していきます。

最初は、人によっては、なかなか思い出さない人も居ます。

また、思い出しても、自分の好き勝手に自分の勝手な方向で過去を手繰りだしても、あまり、自分を変える事が出来ません。

ある意味では、自分の自由は束縛されます。

最初の2~3日は、人格水準によって<<こんな事柄をして何の役にたつのか>>などと、不満も出て来ますし、そのまま、不満を抱えて内観を中止する人も、確かに居ます。

 

 初日に内観を中止して、帰る人も居ます。

 こうした、誰も初日では、理解できない心の世界が有るのですが、自分には合わないとか考えてしまいます。

普通の方達であれば、まあ、仕方がないので<<言われた通りに、少し頑張ってみようかとか>>考えますが、本当に心の世界を勉強しようと考えない人が居て、本当に大変です。

御本人が、大変な状態にあり、そこから抜けだせるために{{内観}}をお願いしていますが、内観面接者の気持ちを理解できません。

 とにかく、{{内観}}は、3~4日だけでも頑張ると必ず心の糧を得るものです。

ここまで、説明しても、自分で歩かないと不透明な心の世界です。

時には、2~3日で<<少し分かったような気分>>、後は、自分の心の歪んだ世界を見たくないと考える人も居ます。

 

 とに角、自分の過去の会話や行動や心は、凄く歪んでいるものです。

人間の誰も皆に言える、事なのです。

そして、歪んだ心を<<告白して>>初めて人間は生まれ変わっていくのです。

生まれ変わった人でないと、未知の心の世界で理解しにくいかも知れませんが、時には、臨床心理士、面接者の語る言葉にも自分で受け入れて実行してみる事です。

{{内観}}も、4~5日を越えると、自分の心も体も変化して来るのが理解できる筈です。

頭痛、肩こり、動悸、腰痛、腹痛、下痢、不安、恐怖、悩み苦しみ、全部が消えます。

凄く心地が良くなって来るのです。

 

 「至福体験」、「至高体験」、「神秘体験」などまで、体験される人も居ます。

自分は寝てないのに、目前に{{突然に、霧や靄に包まれて、自分はその中で体もフワフワで軽くなり、体も心も軽くなり宙を浮いた感じで気持ち良く}}、また、内観の7日あたりですが、朝の食事中に、ふっと、自分の目の上の{{どんよりとした曇り空の中に突然に、雲の一部が晴れて快晴となり真ん丸い青空が出現して、自分が下に寝ていても、自分の体から、体の疼痛と全身の不快感、嘆きなども、全部が真ん丸い青空の中に吸い込まれて行った}}、その後には「「幸せ」」だけが残っていた、そんな「「至福体験」」・「「神秘体験」」をされる方達もいます。人間にも、不思議な世界が有ります。