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2010 年 7 月 のアーカイブ

<<講演>>カウンセリングと内観療法9

2010 年 7 月 29 日 木曜日

 先述した{{フラッシュバック}}の件についても、人間の誰にも言える事柄ですが、非常に大切な{{話}}をしておきます。

自分の過去を振り返ってみて「「フラッシュバック」」するような人達は、自分の素晴らしい人生を精力的には生きる事が出来ません。

自分の過去に「「フラッシュバック」」するような心の状態を抱えて生きるのは、大変に疲れるものです。

 

 自分の過去の心の中から、自分の現在の心に<<大きなマイナスの打撃を与えるような心の葛藤を残しておいては、人生の良い生き方と心底から楽しい人生を過ごすのは不可能です。

それ故に、精神科医や心療内科医の先生達が<<悩み苦しむ患者が心理療法を受けよう>>としても、しばしばと患者さんに言います。

{{過去を振り返る}}治療は、行なわない方が良いと言います。

医師達のこんな考え方は、理解できない訳でもありません。

当方でも、4000人ばかり{{過去を見つめる心理療法}}を行って来ましたが、<<2人ばかり、フラッシュバックを起して>>います。

 

 当方、医師ですから、一人は「喘息発作の発症」・・・幼い時から喘息があった人ですが、7泊8日の宿泊内観で<<立派に自分の過去の心を開いて>>納得して喜んで帰宅されました。

たまたま、この方は<<当方で、内観前に{5枚の絵}を描いて頂き、内観直後に{5枚の絵}を描いて>>頂きましたが、会話にても態度にても全くと自分の心を良好に変革されて帰って行かれました。

「「フラッシュバック」」するような過去の心を抱えて生きていると、有意義な人生を過ごせないですよ。

過去の心に触れない・触らない・見ない・見たくない、などなどと、そんな心を抱えていますと、今の現在の自分の心が<<自分の過去の心に裏打ちされています>>ので、絶対に「「フラッシュバック」」するような過去の心を消去しておかねば駄目ですね。

 

 人間の心って、面白いです。

今の現在に生きている事は、不思議な気持ちがしますが、全ては自分の過去の心に<復讐せんがために、生きて>いるって、感じがします。

それも、詳細に観察しないと、人間の会話や行動や心は、何故、こう動いているのか、不透明、不確定、不確実です。

人間個人、地域、国対国、政治や、営業&企業、なども、誰も皆が過ぎた過去を反省??或いは、思い出しながら今の現在の行動や会話や考え方をしています。

「「そう、2009年の夏の選挙を見れば、誰もが理解できるでしょう。自民党では駄目だとか、民主党では駄目だとか、皆が過ぎた直前の過去、或いは、以前からの過去を無意識に考えて動いていますが、面白い集団行動でしょう」」。  

<<講演>>カウンセリングと内観療法8

2010 年 7 月 27 日 火曜日

 内観療法〈内観法〉では、各内観研修所や内観を行なっている病医院で、様子が少し違います。

前記していますが、この辺りは、初めての内観者には理解できませんが、とりあえず、再度でも説明しておきます。

設定場所の雰囲気つくりも、説明した通りです。

  

 カウンセリングと、内観そのものの{{違い}}ですね。

原則的に、カウンセリングでは、クライエントの{{深い心}}を積極的に探求する作業は有りません。

来談者の話に耳を傾けるのが、普通であります。

当方の観察では、カウンセリングと言う言葉は、皆が知っているようですが・・・カウンセリングを受けると、全ての心の問題が解決できるような、そんな<<思い違い>>をしているみたいです。

カウンセリングにも、限界は沢山とあります。

 

 勿論、今から述べる{{内観}}にても、人の心を変える事には<<限界が有る>>事は素直に伝えておかねばならないでしょう。

心理士、或いは、面接者の希望通りにクライエントが、また、その家族が<<動いてくれさえすれば>>事情も随分と変わってきます。

 家族が一緒に、「心理療法」を受けてくれる事、格別にクライエントの家族が一緒にクライエントと{{内観療法を受けてくれる事}}、これが最大に重要であります。

  「インタ―ネット心理療法」にても、悩み苦しむ{人、特別に若年者の場合}では、親が一緒に「インタ―ネット心理療法」を受けてくれれば、子供達〈若い大人も含めて・・・〉の心・性格・人格・各病気も治っていきます。

これは、現場で暫くの間、そのような「心理療法」に関わっていかないと理解できない事柄でしょう。

 

 設定された「内観法、内観療法」を含めて、色々な変法などもある訳ですが、来談された最初の状況で<<しっかりと、内観についての説明が重要であり>>、十分に話をしておかないと、初日に{{内観}}を中断する人達、1~2日後に{{内観を中断する人達}}、{{3日、4日、などに中断する人達が現実に居ます>>ね。

4~5日まで頑張ってくれますと、随分と自分の心が見えて来ますから、自分の心が楽になり{{体まで、楽になって来ます}}から、その後は{内観を中断する人達は減って}来ます。

  本当に、最初の{2~3日の間は、何をしているのか、内観の体験者達}にも理解できない心の世界ですから疲れますが、その後は真面目に体験しておれば<<心も体も、とにかく>>気楽になって、益々と真剣に行なっていこうと考えるようになります。

如何なる人でも、1日で己を悟るのは無理ですね。  

<<講演>>カウンセリングと内観療法7

2010 年 7 月 26 日 月曜日

 先ず、カウンセリングと内観療法での状況は、環境が全然と違っています。

カウンセリングでは、とりあえず、静かな場所で雰囲気の良い部屋などで行なわれるでしょう。

部屋の雰囲気と言っても、壁の色とか、床の色とか、部屋の広さなどとか、周囲には他者の雰囲気が無く、原則的には、面接者だけが対応して<<耳を傾ける>>べきでしょう。

面接者は着衣の色なども、考えて注意が必要でしょう。

面接者の{{態度}}、{{動作}}、{{話し方&説明}}、などなど、一つ一つに気をつけねばなりません。

 

 カウンセリングで、そういう雰囲気などに注意するのが大切ですが、内観療法〈内観法〉でも雰囲気を作るのは大事です。

 内観療法では、各内観研修所や病医院によって少しながら場所の雰囲気や設定が違う事もありますが、一定の決まったル―ルは厳しく決められてはいないようです。

ある程度までは、同じ方法や仕方でありますが、しばしばと「内観変法」などと言われ「内観原法」とは区別されています。

「内観原法」と「内観変法」とどちらが良いかと問われれば、どちらが<<優れているとは、言えない>>でしょう。

何故なら、{{内観}}を受ける側の、{人の心理状態}によって<<どちらが良いか>>と言うような場合もありますが、決まった予測は案外とできない場合もありえるからです。

 

 内観者の心理状態で、面接者は内観者の{{心の状況}}と{{人格水準}}を見抜く力量を持っている事が重要でしょう。

 内観者の{{心理状態}}によっては、一人で{内観}を受けるのが大変に無理の場合もあるのです。

内観療法〈内観法〉を長期間に渡って関わって来た面接者であれば、簡単に見極めがつく筈でありましょう。

カウンセリングだけでやって来られた心理士には、とても判断できないものであります。

やはり、内観には独特の{{心の世界}}が有るものです。

 

 「内観原法」が、どんなに優れた「心理療法」であっても、すべてにつけて<<万人に適応できる>>方法は、此の世には有り得ません。

当方も、「内観療法(内観原法)」が、人の心の人格改造には最良であると信じてやみません。

25年間に渡り、カウンセリングと内観に関わって来ましたが、今の、現在でも、そのように信じていますね。

カウンセリングでさえも、大変な技量と力量は必要であり、重要であります。

内観療法〈内観原法・変法〉でも、面接者の技量と力量は非常に重要であります。

自分で関わった面接者でないと、理解できないかもしれません。 

<<講演>>カウンセリングと内観療法6

2010 年 7 月 24 日 土曜日

 カウンセリングでは、「深層心理」は見えない事を伝えております。

それでは、内観療法では如何なものか、伝えます。

内観療法の方が、カウンセリングに比較すると、潜在意識と無意識の心の世界が随分と見えて来ますし、心・性格・人格の改造には遥かに効果が有ります。

内観療法では、「課題」がありますから、「課題」通りに調べれば良いのです。

ここで、少しだけ述べておかなければならない事柄ですが・・人の心・性格・人格・・・ですね。心が脆いからアイデンティティ-デイスオ―ダ―〈自己同一性障害=それなりの年齢に応じて{心}が弱くて脆い人の心・・〉や、人格障害などになってしまいます。

 

 心の弱い人達、心の脆弱な人達は、自分の過去の心を振り返るのを、特別に嫌う人も居ます。

興味あるのは、普通の人達や優秀な人達、財産や金銭や名誉ある人達も<<自分の過去を振り返る>>のを案外と拒否します。

{自分の過去を振り返る}のを、意味なしと感じています。

そうですね、誰も皆が、人間って<<自分の過去を振り返る>>と、ですね、自分の過去の汚れた心の部分に遭遇します。

{{汚れた心}}については、色々様々で、全ての人達が自分の両親に対して、或いは、自分の傍を通り過ぎて行った人達について<<何等かの、違和感>>を抱えています。

勿論、時には、無二の親友だったり、尊敬した師匠達も居るかも知れません。

 

 心がよわ過ぎて、引きこもり、登校拒否、拒食&過食、いじめ、非行、心身症、神経症〈不安障害、パニック障害〉、うつ病、などなど、諸々の段階がありますが、あまりにも、心の弱い人達は自分の過ごして来た過去の心に<<自分の眼と心を向ける>>のを拒否する場合も、結構とあります。

面白いのは、人間は誰も皆が、<<自分は真面目な人間だと思われたがっている>>ものです。

本当に、自分が真面目な{人}だと思われたいのであれば、真面目な{人}として生きれば良いのですが、悲しいもので、皆が<<心の底では、他者を出し抜いて、自分だけが良い地位とか金銭が貯蓄できないかとか、自分の好みの{{異性}}に出会って交際できれば、なんて思ったりしているものです。

 

 表面上の{{思い}}と、内面の{{思い}}が随分と違っているものです。

「「建前」」と「「本音」」と言っても、良いし間違いないのですが、この両方の「「心」」を上手に自分で使い分けできないと、大人とは言えないくらいの{人}なのです。

「「内観療法」」では、特別に自分の心の内側、内面を見据えていきますから、自分の心は{{どんな形で、存在しているのか}}が、簡単に分かります。

自分の「「心」」を知らないで、生きている方が、余程の事、怖いものです。

本当の自分で、生きるとは?? どんな事か!!!ですね。  

<<講演>>カウンセリングと内観療法5

2010 年 7 月 22 日 木曜日

 カウンセリングと内観療法の違いは、根本的に、人の心の「深層心理」にまで到達できるか、どうかでしょう。

人間の心を良い方へ変革するためには、どうしても彼等の{生い立ち}の心にまで遡らなければなりません。

{生い立ち}の心にまで遡っている積りでも、自分勝手な判断で<<自分の過去の心>>については、全て知っていると言っても意味がありません。

主観的な自己の{{洞察}}ではなくて、客観的な{{自己洞察}が出来ているかどうかが、問題です。

 

 主観的な過去の心の思い、客観的な過去の心の思い、そんな{{思い}}を自分で判断できる能力については、誰も皆が持っていません。

カウンセラ―もクライエント自身も、カウンセリングで<<真実なる心の底の世界>>を見るには、限界が有るものです。

カウンセリングしか行なっていないカウンセラ―には、理解できない心の世界が有るものですが・・・、当方は本当にその様に思っています。

カウンセリングを専門に行なっている方達にも、{{内観療法}}の体験だけはしておいて欲しいと考えます。

自分で体験しておくと、カウンセリングと内観療法の違い、潜在意識と無意識の心の世界を理解できるでしょう。

 

 カウンセリングを何年も続けても、心の「回向」・「再生」・「新生」、などは出来ないです。

極僅かに、変わったように見えても、案外と変わっていません。

それほど、カウンセリングを続けても、当人の心は深く見えて来ないし、自分の心を変えて人生を生きる事にしましょう、なんて無理です。

母と父について、明確に自分の心の関係を掘り起こしてみる事です。

カウンセリングにも、色々と工夫をして、「課題」もなくクライエントの思うがままに話をする場合と、「課題」を少し渡す場合などもありますが、こちらの場合の方が少ないでしょう。

カウンセリングでも、長期間にわたり続けていると、クライエントも同じ話ばかりを続ける事も起こって来ます。

そう、クライエント自身が、何を次に話して良いか分からないですね。

 

 面接者である心理士は、クライエントの考え&話に「共感」して「妥協」して「受容」してあげるのが、<<鉄則>>です。

絶対にクライエントに助言や意見や説教をしてはいけないと思っております。

一度でも、助言とか面接者の意見や気持ちを伝えると、「心理療法」は、終わりになる可能性があります。

クライエントは自分の心が病んでいても、自分の考えに納得してもらいたいものです。

クライエントの心が間違っていても、「共感」するべきです。