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2010 年 4 月 のアーカイブ

<<宇宙>>地球って面白い(1)

2010 年 4 月 30 日 金曜日

 今回は、テ―マを変えて{閲覧分}を記載してみましょう。

面白いのは、発展途上国では、赤ちゃんというか子供達の数が増えています。

ところが、所謂、先進国では、高齢者が増えていますが、子供達の数は限り無く減少して来ていますね。

もはや、人間の心は<自然には、帰れない>ところまで来ています。

今から、100年前までは、如何なる状況にあったのでしょう。

確かに、人間は{万物の霊長}と言われて来たし、世界中、いや、地球上で一番に賢い生き物だと言われたし、誰もその言葉に賛成していたようであります。

 

 20世紀の始めまでは、人が未来で如何なる生活をするのかを、人間様は考えもしなった筈であります。

 ですが、今や、どうでしょう。

世界の国々の官僚や政治家達のうろたえている姿が、毎日のようにマスコミでも報道されます。

人が「万物の霊長」の時代は、既に、とっくに終わっているようです。

何故ならば、地球を、宇宙や銀河系から眺めるならば、地球は小さな星、小さな砂粒、砂粒の欠けら、でしょう。

人間は、自分の眼を何処に置いて地球を眺めるのか、ですね。

何事においても、地球のみならず、自分の眼前の人や環境を如何に判断し、解釈をするかであります。

 

 今回では、人の個人的な感情は抜いておいて、少しだけ、地球と人の生き様について考えてみましょう。

先ず、地球上のどの国においても、お金が無い場所では、人間様は生きる事が出来ません。

お金が無くて、生きられる場所は、今では地球上のどんな場所でも少ないのでは・・・・・。

今や、電気も無くて水道も無くて、太陽と山水や地下水だけを頼りに生きる場所なんて、少ないですね。

そんな場所に住んでいる人達が、少数居るとしても、そんな生活で満足している人達は居ませんね・・・やはり、何かを求めて生きています。

 

 そんな地域に住んでいても、皆が貧しい生活をしていれば、それでも良いかもしれません。

けれども、一部の人達が裕福になったり、名誉や地位が出来上がると、周囲の人達は<嫉妬心>、<妬み>、<恨み>の感情さえ出て来ます。

それほどに、人間は周囲の人達と自分を比較しながら、生きているものです。

集団の中でも、金銭を使用しなければ、それに代わる物が必要ですね。

今や、世界中で<<物々交換>>だけで生きている人達って、少なくなりました。

{{物→金}}の動く時代です。

自分の眼を、何処に置いて、人生を生きる事にしましょう。 

<<うつ病>>自殺とうつ病者、その他13

2010 年 4 月 28 日 水曜日

 とにかく、何度も繰り返しますが、自殺するのは{うつ病者}が多いです。

その他に、最近は少なくなったケ―スですが、特殊な環境下と組織の中においては、沢山の証拠隠滅のために、自殺せざるを得ない場合もあります。この場合の自殺は一般のうつ病による自殺とは、意識・状況も少し違います。

自分が死にたいとは思わないのですが、自分を此の世から消してしまえば{{証拠}}が残らない場合もありますから、そのために自殺する事もあります。普通の人たちには理解が困難かも知れません。

 

  組織の中で当人のみが、何らかの事情を抱えて(勿論、生い立ちの中で形成された上での人格が、根本的な原因ですが・・・・)、犠牲的精神で自殺する場合の話しをしています。

そうですね、当人は自殺したくないのです。

うつ病でなくても、仕方なく気持ちはイヤイヤで、他者のために自分で自分の心と体を抹殺することもあります。

そんな状況も、心について学習していない人達が見れば、悲しんで、苦しんで、パニックになり自殺したように見えるでしょう。

 

 先述していますが、<<うつ病者の自殺は、瞬間的には当人の意識のレベルから既に離れています>>などとも、言いました。

だから、突き詰めて考えると、当人は生きたいと思っていたが、どうにもならず<<意識の変性>>を起こしてしまって、別世界へ引き込まれてしまうのです。いわゆる普通一般のうつ病自殺です。

ここら辺りが、微妙な人間の意識で、皆さんには理解が困難であるかもしれません。

 どんな形のものであれ、自分で死ぬのは、他者が見れば、自殺に見えるでしょう。

生きていたいと考えながら、死んでいく。悩み悩み、それでも生きていたいと思いながら、自分の意識の変性を起こしてしまいます。

 

 自分の「死」により、相手を困らせようと考える幼い人達も居ます。

これは、家族内でも、起こります。

何かの集団の中でも起こります。

民間企業や公務員の世界でも、有りますよ。

昨今では、自分で自殺したいけれど、自分で自殺する勇気が無くて、自分が他人を傷つけておけば、自分は死刑になって死ねるだろうなんて、そんな考え方をする未熟な人達も出て来ていますので、大変な時代になっています。

 

  何か、人生そのものが理解できず、集団で自殺する。

一人では、怖いのです。

ぼんやりと、「生き甲斐」も「何」も人生の意味付けが理解できなければ、それは、生きるのが面白くないでしょう。

{皆で渡れば、怖くない、と思ってるのですから・・・・}。

その時代の背景とか、道徳とか習慣などによっても、自分で「死」を選ぶのは、[自殺]には、それなりに種類と言うか色々な意味があります。

真剣に生きたくても、天変地異では、大変です。    

<<うつ病>>自殺とうつ病者、その他12

2010 年 4 月 26 日 月曜日

 自殺者が多いのは、{うつ病者}だと、言ってきました。

人間だれしも、人間世界では楽しく喜んで生きていたい。

そんな欲望や希望や望みを持っていたいし、何時も<<そう有って欲しい>>のは、当然でもありましょう。

しかし、「四苦八苦」などでも、説明してきましたが、老いる、病気をする、死ぬ、などなど、一度は閲覧文で説明しておりますが、「四苦八苦」の全ての{{苦}}に、うつ病になる<<切っ掛け>>が有ります。

 

 うつ病にならなくても、大変なのは病気による体の痛みですね。

人が人生の最後に<<担ぐもの=体の病である{{癌}}です>>よ。

男性も女性も、好まないのに襲ってくる病気である各種の{{癌}}ですね。

医療の世界で、一生懸命に癌性疼痛を抑えるために、<<麻薬なども投与しています>>が、完全に人の癌による痛みを和らげるのには、未だ、未だ、未完成です。

年齢が若い程、癌性疼痛には耐えて生きるのが、大変でしょう。

年老いて高齢者になる程に、同じ様な癌性病変でも<<疼痛を感じる度合い>>は少しながら少ないでしょう。

 

 不治の病で疼痛が強く続けば、悩まない方が不思議ですからね。

人は誰しも、不治の癌性疼痛には耐えられませんし、悩み苦しみに耐え難くて<<死んだ方が楽>>だと感じるでしょう。

そう、大量の麻薬の投与を受けてでも、疼痛を緩和して欲しいと思うでしょう。

医療用の麻薬を投与する方も、沢山の麻薬を投与したくても、その麻薬の投与で呼吸機能が低下するようなら、少々考えなければなりません。

そんなに、未だ、現在の医療の世界では、「「安楽死」」が認められておりません。

どの程度の段階で「「安楽死」」を認めるかが、今後の問題でもあるし、誰が関わって認めるかですから、法律的には難しい諸問題が解決されなければなりません。

医療用の麻薬を投与されれば、幸せに体の痛みも無くなってしまえば良いのですが、大変ですね。

 

 そう、痛みから、激痛から逃れるためには、{死}のみですよ。

{死ねば、全てが終わり}ですから、時折、自殺する場合もあります。

好きで<<自殺>>するのでは、ありませんし、逃避のための<<自殺>>です。

勿論、体の痛みで<<痛みにより、自分の悲しい苦しい心が引きずられて>>います。

{うつ病者}に近い状況の人も、いるでしょう。

{うつ病}でなくても、激痛の世界からの<<逃避>>、悲しくもあり苦しいものです。

可能な限りの疼痛緩和が、非常に重要ですね。

人生を生きていると、全てが死ぬまで満足で楽しく生きられるのか、難しいです。

人は元気な間に、「死」を悟り、受け止めておくと最良です。

<<うつ病>>自殺とうつ病者、その他11

2010 年 4 月 22 日 木曜日

 自殺にも、色々あります。

うつ病者の自殺が、多いです。

その他、統合失調症者の心の{脆弱性}なども、折々に、自殺へと向かわせる場合があります。

恨みや怨念を自分の心に蓄積させて、相手に対して全然と復讐できなくて、<死へと向かう>時もあるでしょう。

復讐した後に、自分の居場所が無くなって自殺する事もあります。

昔は、日本でも、復讐した後に数人が一緒に集団自決した物語もあり、あまりにも有名な話がありますよね。

現代でも、個人的に個人を恨んで殺生をした後に、自殺するケ―スはありますね。

勿論、病気ではないかと、問われれば、仮に、うつ病者ではなくても、神経症者や個人的に人格水準の低い人達は、何かがある事で<<異常行動>>、例えば、自殺などを起こす事もあります。

 

 復讐をした後に、<<自殺する>>場合、復讐できずに<<自殺>>によって復讐しようと考えて、<<自殺>>する場合もありますから、面白い??大変ですね。

そう、自分が自殺する事で、<<相手が、それなりのダメ―ジ>>を受ける事を計算しています。

当方の直接に体験している事実ですが、小学生が親に叱られた事で自殺しています。

逆に、中学生以上になると、自分が自殺しないで、相手、格別に自分の親を殺生する場合も、昨今では多いですよね。

繰り返しましたが、人間の心って<<悩まない人>>に作り上げておかないと、本当に大変です。

真面目に生きている積もりでも、誰を{基本にして}真面目だと言うかも、微妙ですよね。

 

 自殺する場合では、先述したように、全く世の中の事、親や兄弟姉妹〈兄弟姉妹が居ない場合も、ストレスとなる事もありえる〉や周囲の事象や環境にも、全く興味を持てなければ、生きていても面白くないので、自殺をする訳です。

こんな場合では<<死神が袖を引く>>状態から少し異なってきます。

幼い、か弱い心のまま、死を選ぶ事になるのでしょう。

あまり、意識の変性とも言えない時も、ありますね。

うつ病の意識の変性で、<<死の世界>>へ引き込まれる場合とは、違います。

統合失調症の自殺とうつ病の自殺では、意識の状態は異なっています。

うつ病では<<死にたくない>>のですが、<<死んだ方が楽>>なのかと思っているうちに、意識はもはや自分の死にたくない心から<<素早く>>離れていて、自動的に自分の本当の意志から別のものになっています。

統合失調症では、<<自分の意識が操作>>されています。

<<うつ病>>自殺とうつ病者、その他10

2010 年 4 月 21 日 水曜日

 「生き甲斐」の無い人達が、昨今では多すぎます。

人間的な成長のある人達、少しでも心の世界を学習している人達には、「死に甲斐」だと伝えております。

何故って言われれば、「生き甲斐」だけを求めて生きると、死ぬ時期が近づいた時に、<<自分の死>>を納得できる人になるのが難しいでしょう。

病気や高齢者になった時に、自分の死が近づいた頃に、多分に悲しくなります。

「生き甲斐」とは、必ず、消えて行くもの、です。

「生き甲斐」→「死に甲斐」までを、悟っておくべきですね。

でも、今回は、難しい話は中止しておきます。

 

 今は、自殺について話をしているのですが、現代の若い人達は、自分について、人間とは何かなどが、全く理解できません。

何のために生きるのか、面白い事柄は何もありません。

親と自分の関係も何も格別にありません。

母親が好きかと、問われても、分からないし、考えた事もありません。

父親が好きかと問われても、そんな事は考えた事がありません。

時には、「好きだ」という言葉が返ってきますが、体では、全く理解できないようです。

大事な大事な言葉だし、凄く大切な言葉なのです。

 

 最近は、若者達が、しばしば集団自殺をしますよ。

簡単に言えば「人生って、何か??」、「私の存在って、何か??」などなど全く考えようとしないし、唯、漠然と生きているだけだから、何も面白い事は有りません。

母親も、好きではありません。

父親も、好きではありません。

兄弟姉妹も居ないし、仮に、居たとしても好きにはならないでしょう。

友達も、好きな人達は居ません。

動物も、花を見ていても、何も感動する場合はありません。

ですから、此の世には<<面白い出来事>>は何もありませんし・・、

誰も皆が、何のために人生を生きるのですか。

 

 面白くない世の中、生きていても仕方がありませんから、死んだ方が楽になりますね。

世間では、お金だ、名声だ、美味しい食事だ、彼女が、彼氏が、なんて言っていますが、私には、全然と興味あるものは有りません。

生きていても仕方が、有りません。

だから、死にたい人達が居れば一緒に死にたいですよ。

一人では、何となく怖い気持ちもするので、一緒であれば、私は安心して死んで行けます。

ですが、当方から見れば、人間は誰も死ぬから、少し立ち止まって人生について、当方と一緒に考えれば、きっと、人生の迷いの道から脱出できます。