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2010 年 3 月 のアーカイブ

<<家族・親子>>親と子(続編)20

2010 年 3 月 17 日 水曜日

 この項で、一段落します。

要するに、親の考え方は、親の考え方で、一応でも、頭に入れておいて生きるのですが、その時に、親の考え方が絶対的に{正しい}と考えない事です。

親にも親の考え方に{間違い}が有ると、思っておいて欲しいのです。

時代も違うし、参考程度にしておいて、今の自分の時代には、もっと、別の考え方が有るのではないかと自分の{肝に命じて}おく事です。

しかし、自分が親の考え方は絶対に<<間違い>>だと考えても、自分の親に対しては、それなりに、親の「恩」と親への「感謝」を自分の心に溜め込んでおく事は重要です。

そうでないと親に対して、ともすれば反発して生きるしかありません。

 

 「深層心理」の中にて、親に対して{{反発心}}や{{拒絶感}}しか持たない子供達の心の中には常に安心感は有りません。

唯、唯、何時も不安に襲われて、現在の自分の周囲の人達にも直ぐに{反発心}が芽生えて、その瞳や顔や姿や言葉や行動なども落ち着かずに<<周囲の人達に>>何となく良い雰囲気を与えません。

その事柄は、周囲の人達に気づかれますので、自分を良く思ってくれません。

人間の生い立ちって、凄く怖いものです。

現在の自分をどんなに<<周囲の人達に良く見せよう>>と頑張っても、溢れ出る雰囲気は全く自分の理想とは反対に流れて行きます。

 

 周囲の人達から褒められたくても、顔を見られるだけで<<化けの皮が剥がれて>>しまいますから、誰も自分を褒めてくれません。

「「心の根っ子、人間への信頼関係」」は、親の子育てと、自分の生い立ちの心に根付いていますので、限りなく自分の過去に遡って自分の{{過去の心}}が真面目だったかを確認していく必要があります。

自分の過去の生い立ちから、自分の{{心}}を調べていくと簡単に自分が「善人」か「悪人」かの答えが直ぐに出て来ます。

そうする事によって、今の自分が真面目に生きているか、不真面目に生きているかを判定できます。

 

 過去の自分が、あまり真面目でなかったのに気づくと、現在の自分を再度の事、少しは真実に真面目に生きる事を考えるものです。

心の「反転」・「再生」・「回向」・「新生」・などなどを考えます。

時には、「至高体験」とか、幸いな場合では「神秘体験」を得るでありましょう。

凄く、他人には理解できない程の{{幸福体験}}{{至福体験}}を得ます。

誰に話しをしても、自分で「神秘体験」を得た事の体験のある人でないと、理解が困難な世界です。

「「インタ―ネット心理療法」」を体験して下さいませ。 

<<家族・親子>>親と子(続編)19

2010 年 3 月 15 日 月曜日

 ある年齢になれば、自分の親に頼らずに自分の人生を切り開いて生きるのが、普通でしょう。

親からの「超自我」が、自分達の心の記憶装置、過去の記憶装置の海馬に残っている場合では、少し注意が必要ですね。

当然、記憶は海馬に残りますが、子供達が親の「超自我」の受け止め方を、如何なる状態・状況で受け止めているかが、問題です。

親の「超自我」の通りに生きるようにすれば、必ず、悩むでしょう。

何故って、親の時代と自分の現在の人間社会のバックグランドが、全然と違いますから。

親に言われた通りに、自分の人生を生きればと思いながら生きると、必ずや、人生の「壁」にぶち当たるでしょう。

 

 先述しましたが、親の時代と環境も、違いますよ。

そんな時代に、親の言う通りなんて絶対に考えないで欲しいです。

むしろ、今生きている自分は・・・「超自我」が働いていますが、自分は親と違って角度を変えて生きるのだと思えば、もっと生きていて生き易いですよ。

時に、親の頭の上を歩いていけるような子供になって欲しいものです。

親の考え方から自由になって、すなわち、超自我を超えて生きていくという事です。

親を殺して、生きろ!!! なんて考え方もあります。

これは、親を刃物で殺すのではなくて、会話とか行動とか心で自分の自己主張をしっかりと行なって生きる事です。

 

 親が教え込んだ「生き方」だけでは、絶対に幸せになれません。

人生が「窮屈」になってしまい、自分の心が疲れ果ててしまいます。

「「うつ病」」にでも、なります。

自分の発想で人生を生きる事を考えないと、常に、プレッシャ―が罹ってきます。

自分の人生を生きるには、常に、自分の{{心}}を自分で変えられる人間になっておかないと、駄目な人間になってしまいます。

自分の未来の設計は、自分の考え方で創造していかないと、駄目です。

 

 自分の道を進むのに、度々と自分の周囲の人達に<<意見>>を聞いていたら、矢張り、周囲の人達に本当に馬鹿にされるでしょう。

周囲の人達が、歪な心でもって、自分を{駄目な人間}などと判断して、次第に自分を相手にしてくれなくなります。

真実に、賢くも偉くもない可哀相な人間だと思うし、同情もしてくれません。

自分の人生の道を切り開く能力で<<行き詰まった時>>には、必ず、プロの「心理療法」の道が有るのです。

どうか、この道を体験して欲しいのです。

自分の「器」が大きくなるし、考え方も一段と進歩します。

<<家族・親子>>親と子(続編)18

2010 年 3 月 11 日 木曜日

 何歳になっても、親から見れば<<子供達は子供>>ですよ。

親も、普通の場合では、心の病気を勉強しません。

「心は、人間の眼に見えない」ので、なかなか、人間は学習しようとはしません。

悩みや苦しみ、随分と{{心の葛藤=ストレス}}を抱えても、自分には全くストレスは無いと答える人もいるくらいです。

人間って、それほど、自分の{{心}}に疎いです。

中学校や高等学校にもなれば、自分で自分の{{心}}を見つめる「「心理療法」」を受ければ、簡単に自分の「無意識」や「潜在意識」や「顕在意識」などの諸々の{{心}}の全部まで見えますので、随分と賢くなります。

 

 自分の「会話」とか自分の「行動」とかが、如何なる状況から出て来るのかが、真面目に1週間だけでも「心理療法」を体験すれば理解できます。

全ての「会話」と「行動」は、自分の「心」が動かしているものです。

悩むか、悩まないか、人間は自分の{{心}}しだいです。

自分の{{心}}を、悩まない、そんなストレスに強い{{心}}にしておけば、良いだけです。

中学や高等学校や大学でも、{うつ病}や{引きこもり}などにて当人も凄く悩みながら、自分の生きる道や進む方向性が全然と理解できないのです。

そんな人達の{{心の迷い}}と言うか、自分の{{心の迷い}}を自分では、全くと<<紐解けません>>ですよ。

 

 自分の{{心}}は理解できるが、他人の{{心}}が理解できないと、多くの人達は言いますね。

それは、普通の人達はそんな風に感じるでしょうが、全くと<<逆>>なのです。

自己の「深層心理」を理解できる人達は、他人の{{心}}もそれなりに喝破できるようになるでしょう。

しかし、この{{心の世界}}も、相当に熟練した人達でないと、他人の心を正確に見抜く事は不可能でしょう。

人間が、{{心の病}}になって抜け出せない時には、必ず、自己中心的になっています。

その自己中心的な{{心}}も、当人の生い立ちの{{心}}のなす「業」ですから、自分の「会話」と「行動」と、それらを動かしている自分の「心」を正確に知っておくべきでしょう。

 

 親から離れて、自分で暮らしている時に、人生の道に迷えば、人間は必ず「心理療法」を受けて、早く<<心の病>>を治すようにして下さいませ。

青年期~成人期~壮年期~高年期になっても、人間は人生の道で迷うものです。

素早く、人生の正常範囲の<<道に戻らない>>と、その人達の社会での生産性が落ちますので、出来る限り早く「心理療法」を体験して、素直な自分に戻って<<幸せだと感じる>>日々の生活を送って欲しいと考えます。    

<<家族・親子>>親と子(続編)17

2010 年 3 月 9 日 火曜日

 子供達でも、本当に幼い時から<<親に{恨み}や{不満}や{妬み}などを持ちながらでも>>育つ場合が沢山とあります。

幼い子供達は、そんなに簡単に自分で自分の{{心}}を変える事はできないですね。

一度でも、抱えたマイナスの{{心}}をプラスに持っていくには、お世話する周囲の人間がどれほど上手に援護できるかです。

前述しましたが、小学5~6年からは、どんなに困難な{{心}}の葛藤を抱えても、育てた人の<<心具合>>で変化します。

可能であれば、幼い子供の場合では、彼等の{{心}}に耳を傾けて<<言い分を聞いてあげる>>、これだけでも、上手に聞き出してあげると良いでしょう。

 

 小学5~6年生にもなると、彼等の大脳の記憶装置である海馬にも随分と<<心の垢が溜まって来る>>ので、彼等も自分の「「海馬」」を調整して綺麗な「「海馬」」、歪でない「「海馬」」にしておくのが非常に大切です。

小5~小6になると、より沢山の歪な心が「「海馬」」の奥深くに沈潜していきますので、彼等は自分で努力して「心理療法」を体験しながら、自分の過去の心の葛藤を消去しておく方がよいですね。

そうでないと、{{苛められたり}}や{{苛めたり}}や{{非行}}や{{登校拒否}}や{{拒食・過食}}や{{不安神経症}}や{{心身症}}や{{うつ病}}などなどに、罹患してしまいます。

自分は、そのような病気にはならないと豪語していても無理でして、ふとした{{{切っ掛け}}}から人間って、人生の「迷路」に入っていくものです。

 

 本来的には、若年者の<<心の病気を治す場合>>では、「親の因果が、子に報う」の状態になっていますので、親が子供達の{{心}}を理解してあげられる親になっておくことです。

ですが、子供さんが「心理療法」を受けるだけで十分に回復していく場合もあります。

当方の長年月の体験から感じていますが、これは何度でも伝えておきますが「「親と子供達の過ぎた過去の出来事ですね、その過去の時の<<互いの心の歩み寄り&互いの理解>>が最大に重要です。

これが出来れば、全ての<<心の病は解決します>>し、心と関連した病気も治っていきます。

 

 {悩み}や{苦しみ}を抱えて生きると、体の病気だけでなくて、本当に体も壊れてきますが、子供の時から{心の葛藤}を持たない方が、心身の成長に大事です。

格別に、高齢者になってから、<<心の病気を引きずっています>>と血圧も上昇したりで、脳出血や脳梗塞や高血圧性心臓病などにも罹患したりします。

とりあえず、今回は若年者の<<心の関連した病気>>を治す事は、薬だけでは治らないし、絶対に「心理療法」を受ける事が大事だと伝えておきます。 

人間には、{{心}}が一番に大切です。

<<家族・親子>>親と子(続編)16

2010 年 3 月 8 日 月曜日

 子供が親の心を理解した時は、子供が親の{{心}}を越えた時になり、子どもの{{心}}は自由に羽ばたいていけるでしょう、自分の人生で!!!

親の「「超自我」」、これが子供達にとって一番と邪魔になるでしょう。

幼い頃から、自分の親に植え付けられた考え方などは、その親の考え方が子供達からなかなか離れないものです。

子供達は皆が、親の「「超自我」」で強迫されて<<身動きできない場合>>もあります。

子供達にとって、最大に重要な事は、親からの「超自我」を取り除く事だろうと考えます。

 

 親の<<教え込み>>、親の<<洗脳>>、親は子供達が小さいと案外と<<親の好きな事>>を仕込んだりします。

そんな親の考え方に<<背中を向けても>>悩むだろうし、そんな親の言い分などに対しても<<言い付けを、守ろう>>としても、子供達は悩むでしょう。

そう、バックグランドと言うか、親の時代と子供達の社会背景と言うかバックグランドが違います。

法律だって、政治家が変われば、法律も変わって来ます。

道徳や習慣なんて、時代の背景で、全く変化して来ます。

現在の子供達は、確かに幼い頃から、沢山の遊び道具や携帯電話、テレビやマスコミが発達しまして、世の中に{{情報が飛びかって}}います。

 

 子供達は、沢山の情報を手にして、喜んでいます。

勉強よりも、そんな巷に溢れる情報や遊び道具で<<遊んでいた方>>が、面白いですよ。

沢山の情報が、大人になってから役立てば良いのですが、日常生活には役立たない情報が多く、仕事もできない人間になる可能性があります。

仕事ができるかどうかは、その人が自分の{{心}}の中に「信頼関係」を築いているかどうかです。

お父さんやお母さんが好きな子供達は、人間社会に出ても多分に大丈夫でしょう。

例外はあります、ね。

天変地異とか、過酷な計画の中で人間でも実験されると、その人の意識の変化も悪い方に出て来ますよ。

 

 どんなに、丈夫に育った人間でも、天変地異よりも、人災が一番に悔しいでしょう。

大変なのは、計画された実験であまりにも過酷な場合においては<<どんなに優秀な人間性のある人でも、人格が壊れていく場合はあります>>ね。

過酷な実験だと言っても、その程度問題ですが・・・大変な実験をした人が居ます・・。

実験によっては、どんなに上手な方法で育てられても、鬼や夜叉のような人格(いや、考え方)に変わる場合もあります。

それでも、一般の人間社会を生きる上では、親への「恩」と「感謝」をどれほど自分の身に付けているかが、分岐点です。