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2008 年 11 月 のアーカイブ

<<講演>>人間って、孤独?? (4)

2008 年 11 月 29 日 土曜日

 新生児~乳児~幼児~小学生~中学生~高校生~青年期~~~、などと成長するにつれて、誰しもが<<生い立ち>>の中で、心の{{葛藤}}を引きずりながら、成長しているのです。

 

 生徒の時では、家庭で母親や父親の顔色を伺いながら育ちます。

時に、兄弟姉妹が居れば、兄弟姉妹とも喧嘩しながら育ちます。

学校では、友達付き合いでも<<自分の心>>を如何に使うか、無意識的に或いは有意識的に<<建前>>と<<本音>>を使い分けます。

当人が、相手に対して、自分の心を使い分けているかどうか気づいていないままで、生きているし、そのままで育ちます。

そんな{{心の形}}で、今の現在の自分を生きているのです。

疲れるし、面倒になるし、人付き合いも<<嫌になって>>寂しく孤独にもなります。

 

 自宅で、母親や父親にも<<自分の本音>>で話すことが、なかなか出来ませんね。

まして、学校では<<いじめ>>に合っても、先生に言えず、自宅に帰ってからも両親や兄弟にも、言えません。

誰にも、言わずに、一人で悩む。

自分の{{惨めさ}}を自分以外の他者に、母親にも父親にも、学校の先生にも話せないから、心は辛くなるばかりです。

 付き合いだけでなく、側の人と自分を比較します。

頭は良いか、勉強は出来るか、友達と仲良くできるか、背丈はどうか、美人か美少年か、音楽は、美術は、算数は、国語は、などなど学校の学習においてさえも、色々とストレスはかかって来ます。

自分がストレスを抱えれば、抱えるほどに、益々と心は苦しく悲しく孤独になります。

 

 自分を褒めてくれる人が居ない・・・、私は、どうして駄目な人間かと考えるほどに、情け無い、惨めで、孤独な{{人}}となります。

眼前の判断力も落ちてくるし、口を開いて言葉にするのも、体を動かして行動するのも、面倒になって来ます。

そうなると、学校に行くのも嫌いになってしまうし、{登校拒否}や{引きこもり}にもなってしまう。

家に居ても、面白くないので{家出}でもしようか、なんて事にもなって来ます。

少年少女の頃では、男性と女性の{{体力}}があまり変わらないので、男性ばかりでなくとも、女性でも、色々なトラブルが起こって来ます、男女を問わずに、ですね。

 

生い立ちの時代にストレスが多ければ、その心を積み残したままで大人にと成長します。

所謂、「固着」ですね。

「固着」多き人ほど、悲しい情けない人間として生きる事になります。

 人生を生きるには、「固着」を解消しておくべきです。

<<講演>>人間って、孤独?? (3)

2008 年 11 月 25 日 火曜日

 何故に、自分は此の世に居るのだろう。

 不思議です。

私は、<<此の世に誕生したい>>と思った事もありません。

誰のために、何のために、此の世に生まれて来たのでしょう。

 

 嬉しい事って、無いですよ。

少しずつ成長してみると、人間同士の心の交流があり、面倒ですよ。

相手の気持ちを考えながら、話をするなんて、心も体も疲れます。

自分一人で考え、自分の思う通りにできれば、気楽なのでしょうがね。

なんだか、自分の<<思う通りに>>ならなくて、嫌いですよ。

生きるのが、とても面倒です。

孤独を感じます。

だって、誰と話をするのも嫌いだから、私は人というか他人を避けて生きてますからね。

私の傍に、他人がいると、とにかく面倒です。

 

 家族の、家の中に居ても、居場所が無いのです。

母親も嫌いだし、父親も嫌い、なんでこんな場所に居なければならないのですか。

いっそ、死んだ方が気分的には、<<気をつかわなく>>て、気楽そのものですね。

気をつかって話しをしても、相手が喜ぶかどうかも分かりません。

そんな自分の話をするだけに、とにかく、疲れます。

家に居ても、親から<<勉強しなさい>>なんて言われたら、それも<<何度も言われたり>>すると、学校も嫌い家に居るのも嫌い、母親が嫌い、父親が嫌い、兄弟姉妹が嫌いなどで、私は何処に居たら良いのでしょうか。

登校拒否者の気持ちが、凄く理解できます。

いじめ&自殺の気持ちも、良く理解できます。

 

 私も死んだ方が気楽だと何度も考えていますし、今も考えています。

親は?? 私の親には私の気持ちは一切と話しません。

決して、私の孤独な気持ちを<<親が知る訳が無い>>でしょう。

子供ながらに、私も携帯電話を親におねだりし、買ってもらいました。

楽しい筈の携帯電話が、私への凶器に変わって来ました。

そうですよ、知らない人から<<変なメ―ルが沢山と入って>>来ますから、それも、私を喜ばせる{{内容}}は全くありませんからね。

 

 私以外の他人は、一体<<どうして生きているのでしょう>>かね。

学校が嫌い、友達が嫌い、私の居場所が無い、どうしますか・・・・。

唯、唯、自宅の自分の一部屋の中に{{ひきこもる}}のみですね。

そんな孤独な私を理解してくれる人、探していますが、自分が{{ひきこもり}}で外にも出ないし、<<メ―ルばかり>>なのです。

<<講演>>人間って、孤独?? (2)

2008 年 11 月 22 日 土曜日

 人間って、孤独??

 そんなものでは、ないでしょうか。

誰もが、独りで此の世に誕生して来ます。

気づけば、自分の親が居ますよ。

気づいたら、自分の親は居なかった、などの場合もあります。

ですがね、自分の期待通りの親でない事が多いですからね。

自分の親でなければ、もっと寂しさや厳しさを味わう場合もあるでしょう。

 

 誕生させられた私は、親の気持ちなんて理解できません。

少しずつ成長してみると、親は私達子供に沢山の事柄を押し付けますからね。

嬉しい事も時折にありますが、多くの時間で悲しい事が沢山と有ります。

自由に自分の好きなように、自分の好み通りに生きて生きたいのですが、自分の思い通りにさせてくれません。

兄弟が居ても、姉が居れば、姉は自分よりも力も頭も良いとばかりに、妹を苛めたりもします。

姉が弟を苛めたり、兄が妹や弟を苛めたりもします。

親は、弟に見方ばかりして欲しいのですが、兄や姉を見方にしている場合もあります。

いっその事、兄弟なんか居ない方が良いと思う事が何度もあります。

でもね、兄弟が居なければ、何で親は兄弟姉妹を作ってくれなかったのだと感じます。

 

 そう、子供が幼い時に、直ぐに、保育所に預けたりもします。

まだまだ、親離れしていないのに、ですよ。

保育所に預けられると、知らない子供達と気持ちを合わせるって、面倒ですからね。

もう少し、親の元において、自分を育てて欲しいと望みを持っていても、駄目な場合が沢山とあります。

保育所に預けられると、保育所のおばちゃんに{おねだり}も出来ません。

もっと、甘えたいのに、甘える事が出来ません。

どうすれば、良いか分かりません。

夕方になっても、子供を迎えに来るのが遅かったりで、悲しい時間、孤独な時間を待たないといけないでしょう。

 

 幼い時が一番に、子供の成長には大切だと聞いていますよ。

この事については、大きくなって後に、聞く事柄ですがね。

食べる食事も、母親が作ってくれた物で、なかったり、外で買ってきた食事を自分に食べさせるから、母親の味、母親の気持ちを理解できませんね。

まして、父親の顔は見た事もありません。

母親が上手に、子供の自分に説明してくれたら良いのですが、母親は父親について、あまり説明してくれた事もありません。

何だか凄く、子供ながらに寂しく孤独に感じます。

<<人生>>「人間って面白い・・・」(6)

2008 年 11 月 22 日 土曜日

{肩こり}や{腰痛}などについても、少し述べました。

 人は、本当に多彩な症状を訴えます。

 

 {喉がつかえる}など、喉の違和感など、また、よく咳が出る場合もあります。

勿論、喉や胸部の悪性疾患を見逃しては、いけません。

そのうえで、身体的、器質的疾患が無ければ、心の中に問題があります。

心と言っても、沢山と勉強しなければ、心の世界を知る事は不可能です。

 

 一番に大切な事は、自分の心をしっかりと知る事なのです。

 

本当に面白いのは、自分の心の中に沢山の{悩み}や{苦しみ}を抱えていても、そんな心の葛藤は全く持っていないよと言う人達が沢山と居ます。

 人間って、そんなものかも知れません。

だって、人間の眼は外側に向かって顔に付いていますから、自分からの外界の出来事や事象を見ます。

自分の外側については、かなりの判断をします。

だが、その判断が世間の一般常識から見れば間違っている場合が多いですね。

 

 人は、それぞれ<生い立ち>が誰もが違います。

親の因果を受けて育ち、やがて大人の世界で生きる事になります。

それだからこそ、誰もが皆が<考え方>も違います。

考え方が同じように見えても、しっかりと見詰めれば、限りなく考え方は違います。

世間の人達が、何げなく見ていると、同じように見えても、全然と違っているものです。

 何故か、今に考えている事は、深い心に裏打ちされているからですね。

人は、小さい時から、親の考え方や会話や行動までが、子供の育ち方に影響しています。

 それで、{喉のつかえ}と、どう関係しているのかと問われるでしょう。

そうですね、生い立ちの心は、大脳の深い所、海馬に蓄積されて行きます。決して、過去の記憶は消え去っているものではありません。

 

 心の世界を学習していない人達は、生い立ちですね、遠い過去の心は消え去って忘れてしまい、思い出さないと言われますよ。

ですが、努力すれば、過去の記憶は出て来るし、思い出すものです。

 そう、一般的には、2歳以下の記憶を回想するのは難しいようです。

3歳くらいになると、努力すれば思い出すのです。

と、言う事は、過去の記憶を忘れていない事になりますね。

忘れているように見えても、思い出すのであれば、現在の自分の行動と会話と心を支配している訳です。

 

 そんな、自分の過去を回想する事で、人は{心}が生まれ変わり、{行動}

 も{会話}も生まれ変わるのです。

 

 {喉のつかえ}、神経症や心身症は、簡単に治ります。

<<講演>>人間って、孤独?? (1)

2008 年 11 月 20 日 木曜日

 世の中を見ていますと、孤独に生きている人達が沢山と見られます。

 

贅沢をして、他人が見れば<<嘘でしょう、そんな気持ちなんて無いでしょう>>なんて思っていても、現実には、名誉も地位もお金も有る人達が、孤独に生きています。

そう、人間の生き様、人間の心を見抜いている人達は、全ての人の心が見える筈なのですがね。

 

 人間が生きる場所には、必ず、煩悩が付き纏うもの、ですよね。

若い人には、高齢者の本当の気持ちは理解できないでしょう。

擬似体験的な気持ちは、理解できるでしょうが、あくまでも、疑似体験であり、現実の心底の心の理解は無理でしょう。

私は理解できますよと言ったところで、当人が<<そう言っても、それは嘘です>>よ。

あくまでも、擬似体験、ですね。

相当に、人の心の学問を勉強して、己の心を悟った人であれば、かなり近い理解は出来るでしょうがね。

人間の煩悩を、全て体で理解できるならば、かなり良い理解力は有るでしょう。

人の悩みについても、ですね。

 

 孤独、孤独、そんな気持ちは何処から、やって来るのでしょう。

孤独の原点を理解しないと、自分の孤独も他人の孤独も、そんな心の真実は見えませんからね。

ニコニコ笑顔で生きている人の裏側にも、孤独感は案外と有るから、面白いですよ。

人間って、心の勉強が一番に大切です。

体についても、理解は必要ですがね。

自分の体が、傷んでいても、自分の体は正常だと言う人もいるくらいです。

世の中には、本当に<<鈍感な人も居ます>>よ。

自分の心については、尚更に、心に<<気づかない>>場合が多いです。

 

 格別に、人は、自分の心、そして、{{潜在意識や無意識}}には気づかない人達が多いです。

その潜在意識や無意識については、沢山の人達が理解出来ません。

だから、自分の心の底では<<孤独を抱えていて>>も気づかず、私は<<幸せ>と言う人も居ます。

そして、ある時点で格別な事柄に出会うと、嘆き苦しみ、人生の<<どん底に落ち>>込んで行きます。

どん底の心を味わって、初めて理解できるかもしれません。

どん底の心を味わったままで、人生を生きていても辛い人生だけでしょう。

悩みを解決して、初めて、逆に、{{自分の心の孤独}}にも気づく事があります。

全く、生まれて一度も孤独なんて無いよと、言う人が居たら、これも大変に可哀相な人だと思いますが、本当に、そう思います・・・。