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2008 年 10 月 のアーカイブ

<<人生>>「学校って、面白くない」 1

2008 年 10 月 17 日 金曜日

 学校に行く人達、喜んでいるのでしょうか。

勉強って、面白くないし、楽しくないですよ。

親は、何時も、<<私に勉強しろ>>と言います。

嫌いな勉強しろと、言われても面白くないです。

友達も、大好きな友達は居ない。

誰とでも話をして楽しいのかと、問われれば、楽しくないと言うしかありません。

楽しくないものを、楽しい嬉しいと言うのであれば、可笑しげな人間でしょう。

 

 友達もできないし、近寄ってく人は<<私を苛めるのです>>からね。

時には、生きている事そのものが苦痛で<<死んだ方が気楽>>だとも思います。

何で皆は、私を馬鹿にして見下して、<<いじめる>>のだろう。

勉強は、嫌い、早く働いた方が、勉強しなくていいからね。

嫌だとか好まないものを、どうして私はしなければならないのだろう。

辛い、悲しい、劣等感だらけ、いやだなあ・・・、早く学校を、辞めたいよ。

 

 先生が、私達を<<差別扱い>>するんだからなあ。

学校が嫌い、勉強が嫌い、友達が嫌い、学校の先生が嫌い、生きていても、別に良い事柄なんて有りません。

本当に、皆が誰もが、何で人生を生きているのか、分かりません。

まあ、勉強が好きで成績も良い人達は、生きていても、面白いでしょう。

私は悪いし、勉強が嫌い、先生が嫌いな子供は、早く死んだ方が気楽なのです。

学校の先生も、私が居なくなったら嬉しいでしょう。

早く、学校を辞めたいなあ、私だけそんな風に考えているのでしょうかね。

そうかなあ、悲しい、恥ずかしい、惨めだし、情け無い、どうしょうも無い人間だよ。

 

 家族には、内緒にしておこう。

親も、あまり好きではないが、惨めな私を知ると、親も悲しいだろう。

でも、できるだけ、素早く、家出したい。

家に居ても、面白い事は、何もありません。

学校の友達、そんな人は居ませんからね。

もう、小学校6年生まで来たが、特別に嬉しい事なんて、何も有りませんでした。

そろそろ、此の世から、学校から消えても良いでしょう。

ここまで生きて来た自分を、許しても良いでしょう。

可哀相な自分が、ここまで生きて来て、立派なものでしょう。

時には、学校で傍の人達を傷つけたい時期もあった。

自分の体を傷つけたい事も、あった。

何処から、そんな気持ちが出て来るのでしょうか・・・。

 

 自分の本当の心を、知る道へ辿りたいよ。

<<心の世界>>不思議な人達 11

2008 年 10 月 16 日 木曜日

 最終回として、追加しておきます。

本当に注意しておかないと・・・・、人間って誰もが集団の中で生活をしています。

常に、誰かとの心のコミュニケ―ションで、有意識的にも無意識的にも繋がっています。

沢山の人達、皆の考え方が違っていますが、面白いというか悲しいというか、一体に自分が何を考えて生きているのかを、全然と自覚していない人達、いや、自覚を出来ない人達が、時折、見受けられます。

 

 心身症の人達には、{{失感情}}、{{失体感}}と言う言葉があります。

自分の体に沢山の症状が出ていても、自分がどんな考え方をして生きているのか、一体に自分は何で悩んでいるのか、理解できない自分なのです。

 体と心の関連を、教えてあげても何度伝えてあげても、自分とは関係ない話と思います。なんでそんな話を自分にするのだろう、なんて、怒りの感情か、また、全然と関係ない話だから、その話は聞きたくないという自己主張の顔になります。

そんな風に不満な顔を見せますから、心理士の立場からすれば、大変に悲しい現況もあります。

自分の心が何を考えているのか自覚が無いのだから、無理もありません。

 

 自分の心に自信が無いから、口を開いて自分自身を表現できないのです。

人が人生を幸せに生きるには、何度も繰り返して伝えておきますが、自分の本当の「心」と「会話」と「行動」を充分すぎる程に知っておく事です。

 <悩む時は、悩みます>、<悲しい時は、悲しいです>、<腹の立つ時は、腹が立つ>などと、誰かに口を開いて伝える事で{心の葛藤}は持たないですむのですが・・・・。

そんな言葉を伝えれば、自分達は、<悩みや苦しみや不満など持たない>よと、返事が戻って来るかも知れません。

だから、それでいいじゃあないかと、言われれば、そうかも知れません。

それでも、医師&心理士の立場から言えば、人生を健康で健やかに楽しく生きて欲しいと、願っているだけです。

 

 何度も伝えて来ましたが、人間は{心}の持ち主です。

人の{全ての会話}と{全ての行動}は、その人の{心}が操作して操っているのです。

その事実を、しっかりと認識して欲しいと考えます。

 

 人の病気ですね、癌や肉腫や白血病などの悪性血液病。などなどについては、当方も、ストレスから来ているのだとは、未だ、そんな言葉は言えません。

また、人は生まれたからには、必ず、年老いて行きますし、死=滅もやって来ます。

どんなに、心が綺麗で真面目で素直で純粋に{美しい心}を持っていても、やがては、避けられない事実も訪れてきます。

これだけは、誰も人は受け止めていかないと仕方がありません。

人間の一生を、体得できていれば、最高の人生を生きる事が出来るでしょう。

<<心の世界>>不思議な人達 10

2008 年 10 月 15 日 水曜日

 人間って、そんなものでしょう。

殆どの全ての人は、自分が得をする事、他人よりも優位に立ちたい事、所謂、「勝ち:負け」・「得:損」・「優越:劣等」・「受容・拒絶」・「好き・嫌い」、などなどの感情で生きておりますが、そんな自分の心には<<全く気づいて>>いない人達が多いですし、多すぎます。

 

 一般的には、世の中の人達は、自分の属する集団の中の出来事にしか<眼が届かないのが普通>です。

自分が住んでいる以外の地域の出来事や色々な人間や色々な環境などに<しっかりと自分の眼が届くようなら>ば、上記のマイナスの感情に気がついた時は、結構と気楽になれるものでしょう。

人間の{幸福}は、お金や地位や名誉や、はたまた、好きな異性の人が沢山いる事が幸せだけではないでしょう。

普通の庶民、一般庶民と同じ考え方をしていると、同じ生き方しか出来ないでしょう。

自分の考え方が、一番に正しいと考え込んで生きている人達の多い事です。

 

 当方では、よくよく、患者さんに説明しますが、最近では、病医院で<心の話をするのは、禁句だと>感じています。

だってね、心の真実を語れば、語るほどに、患者さんや、いや、患者さんでなくても、普通の庶民でさえ、真実なる心の話をする人間を見てから、<この人は、頭が可笑しい>のではないかと、思うくらいです。

いかなる病気にしても、患者は医院に薬を貰いに来るのが主体で、心の話を聞く耳は持たないので、大変です。心のカラクリの話が出来る医者は少ないでしょうが・・・・。

それほど、人間は<心の世界、自分の心さえ見よう>としないのですから、まして、他者の心なんか見える筈はありません。

 

 人は、「会話」・「行動」・「心」、この三つしかありません。

何度も繰り返して、この言葉を伝えているのですが、人間の本性は{強情}のようです。

耳で聞いて、自分の大脳の海馬に取り入れて蓄積させて記憶しようとはしなのだから、面白い生き物ですよ。

「心」が、全ての「会話」と「行動」を操作して操っているのです。

それで、心が一番に大切だと伝えている訳です。

一番に大切な「心」を置き去りにしたまま、人が自分の人生を生きようとするところから、様々な問題が起こってきます。

 

 人間、必ず、時間に<流れて>、年老いて此の世を去って行きます。

どんな病気になっても、納得して満足できる人になっておくべきなのですが、まあまあ、少し難しいでしょうね。

「人生とは、何か」、「人の命とは、何か」、「人の命は、限りあるもの」、「生かされて生きて、此の世を去って行く」のが人生であり、人の世の慣わしでしょう。

可能であれば、事実を受け入れておくのが大切ですね。

<<心の世界>>不思議な人達 9

2008 年 10 月 6 日 月曜日

 多くの人達が、人間世界を生きるのに<悩みながら>生きるものです。

しかし、面白いって言うのか、嘆かわしいって言うのか、悲しいって言うのか、素晴らしいって言うのか、色々な見方が有りますよね。

 視点を変えれば、同じ物が、別の物に見えて来るものではあります。

他者が見れば、素晴らしい物に見えても、別の人達が見れば全く無感動の物に見える場合も有るでしょう。

 

 地球上なんて、当方から見れば、限りなく小さい物体に見えます。

だがね、一般の庶民の人達は誰もが、地球は大きいと言うでありましょう。

これは、唯、唯、人の見方、人の考える「器」の問題であります。

そこで、人生が楽しいか、楽しくないのか、などについては、その人が自分と自分以外の人間や環境について如何に考えるかの問題になってきます。

何を見ても、楽しい、嬉しい、喜ばしい、などと感じる能力さえ有れば、人生は楽しくなるし幸福にもなるでしょう。

 でも、誰も皆が悲しい出来事、どんな立場から見ても<人として、悲しむべき事柄について>、そんな状況に出会っても{悲しい出来事}だと感じる感性や能力が無ければ、これは、また、人間として失格になるでしょう。

 

 大変なのは、地球上の人間が、皆、民族や集団によって宗教も違うということです。

宗教が違えば、民族が違えば、それぞれの考え方や物の見方が違う事が多いです。

この事柄については、本当に大変です。

 しかしながら、普通の社会生活にて、同じ出来事に衝突しても、ある人は悲しい、ある人は悲しくない、と思う場合もあります。

皆が悲しくない事柄を、悲しい出来事として考え込んで{うつ病}などになっても、あまり褒められた事ではありません。

皆が悩まない事を、自分一人だけが悩むのは、心が疲れて体も疲れます。

そうだから、病気にもなります。

 

 人の社会そのものの中には、{平等}はありません。

自分だけが不幸だと思うのが、<うつ病>の始まりでもあります。

人は、誰も皆が生きていますと、時には悩むものです。

人は誰もが悩むのが、普通なのですが、その悩みを自分でコントロ―ルできるか、コントロ―ル出来ないか・・が・・分岐点です。

一方で、どんな事柄が自分に衝突して来ても、人生の途上では<こんな事もある>よ、と考えれば、悩まない筈です。

 

 「人生とは、何か」を悟る、勿論の事、「宇宙~銀河系~太陽系~地球~日本~自分の居場所~自分の存在」これが体得できれば、悩む事は無いでしょう。己の存在は、周囲から<生かされた存在>であり、無我の境地となり、拘らない人になるのです。

<<心の世界>>不思議な人達 8

2008 年 10 月 3 日 金曜日

 心の葛藤、ストレスって面白いですよ。

唯、唯、その心のストレスと体が如何に関連しているかを、理解出来ないかもしれませんが・・・・。

その事が、明確に理解できてくると、それは楽しいものです。

多くの人達は、生まれたまま、ぼんやりと未来を眺めて生きています。

気づいたら、{死ぬ時だった}という場合もあります。

その時になって、考え込んでも<手遅れ>です。

人生、自分の人生を、再度、生まれた時から、もう一度ゆっくり生きてみようなんて、出来ません。

 

 日常生活では、肩こり、背筋痛、腰痛、何となく疲れる、全身倦怠感、などと症状が出てくれば、日常生活では大変に疲れてしまいます。

格別に、{肩こり}、{背筋痛}、{腰痛}などでは、案外と頑固に続いて治らない、お医者さんにかかって治療しても治らないって言う人達が沢山と居ます。

特に、腰痛ですね、頑固な腰痛が治らなくて、直ぐに、コルセットを巻いて生活している人達も見られます。

老若男女で、そうなのです。

 

 当方で、そんな頑固な腰痛でコルセットなどしていれば、そんな事をしなくても直ぐに治りますよ、と伝えます。

信じられないような、顔をして聞いておられますね。

頑固な腰痛で苦しむ場合であれば、一応ですが、腰のMRI検査を勧めています、ヘルニアの手術が必要な所見さえ無ければ、そして、高齢者では、膵臓癌なども無ければ、心理療法で100%治るのではないでしょうか・・・。

しかも、簡単に、ですね、数日で治りますよ。

現実に、当方では、比較的若い人達で腰痛に悩み苦しんでおられる人達に{心理療法}を受けて頂いて、1週間で腰痛は全快した、コルセットも要らないなんて言われて

いる人達が、見受けられます。

 

 {頑固な肩こり}なども、簡単に治りますね。

自分の過去の心の紐を、しっかりと解いて行けば<それだけで>痛みは無くなります。

簡単に説明すると、人生勉強で良いのです。

人間世界を理解するには、先ずは、自分の心から勉強しておく事です。

そうして、自分の心の世界が理解できてから、初めて、もっと、人間社会の集団の動き・民族、世界、なども見えて来るでしょう。

そう、自分の心の「器」が大きくならないと、見えるものも見えません。

心身ともに、健やかに生きるために、一体に、個人は何をして、何が出来るのか、個人の能力、実力、限界を知ることが大切です。