Deprecated: 関数 _c は、バージョン 2.9.0 から非推奨になりました ! 代わりに _x() を使用してください。 in /home/celestiale3/amita.ne.jp/public_html/blog/wp-includes/functions.php on line 6078
2008 年 8 月 のアーカイブ

<<インターネット心理療法>>続編(4)

2008 年 8 月 11 日 月曜日

 「インタ―ネット心理療法」に興味を示す人が多くなっています。

 今までに、この「・・・ネット心理療法」を、皆が体験されて、凄く幸せになっておられるようです。

勿論、1~2回のメ―ルの、<<やりとり>>で自分の心を全て理解するとか、悟るとかは無理です。

凄いのは、何か理解できないけれど、とにかく体験するからと言って、当方の{{課題}}通りにやって行かれる人が、居られます。

 

 当方では、単なるカウンセリングを「インタ―ネット心理療法」でやる積もりは、全然とありません。

どこまでも、自分の心の自己探求をして、自己洞察ですね。

自己洞察したうえで、その自分の心の動きを報告しますから、自分の{{心の形}}が見えて来ます。

何度も繰り返しますが、{心の形}が見えない人達には、その{形}を変える方法が理解できませんよ。

 

 「インタ―ネット心理療法」は、自分の心、私の心、己の心、自己の心、真実の心を、知る事への道ですね。

真実の心を知って、自分の心を自由自在に変えられる事、人に対して、環境に対して、自分の心を適応させる事です。

人って、自分は良い人、自分の眼前には、自分の好きなものばかりだと考えていても、何時の事、眼前の人や環境が変化するか理解できません。

自分の心は変わらない予定にしておいても、相手が勝手にですね、人でも環境でも変わっていくのです。

 

 人は、自分の考え方が、何時までも<<同じ>>で良いものではありません。

常に、現在と未来の人や事象は変化しますが、これが{{万有の心理}}ですから、何が起こっても<<人のせいに>しない事です。

自分に起きて来た事柄、自分の背負うものが出て来た場合では、自分が荷物を背負って行かねばなりません。

だが、悩んだり苦しんだり悲しかったりの場合では、自分の責任にしないで、他人に責任を負わせたく思っている人達が多いです。

 

 面白いって言った表現にはいかないのですが、人間って<<転変地異>>などで事故が起こった場合では、あまり{うつ病者}になったりしないですよ。

人による災害を受けた方が、<<損失感情>>は遥かに大きいですね。

突き詰めて考えると、それほど、人は常日頃から自分自身や眼に見える他人と比較して生きています。

 

 「・・・ネット心理療法」で、全ての悩みを知る事ができます。

<<インターネット心理療法>>続編(3)

2008 年 8 月 8 日 金曜日

 そう、人はどんなに偉そうな事を言っても、所詮、人間社会でしか生きる事が、できません。

 私は、賢い偉い人間だからと言っても、周りに<他者が居る>から、そんなに思えるのです。

自分の周りに、他者が居なければ、人は<<孤独そのもの>です。

面白いのは、人の中で、人間世界で、悲しいとか、辛いとか、苦しいとか、嘆きながら生きています。

 

 けれども、人って<孤独>に弱いですよ。

人間が嫌いならば、奥深い山奥に独りで入るとか、大海原の絶海孤島に独り住んだらなどと、言っても、誰も山奥や孤島に一人で喜んで、生きる人は居ないのです。

必ず、嫌だとそんな事は出来ないとか、拒否反応をしめします。

では、人を好きになって下さいとお願いするのですが、それも嫌で嫌いだと言うのです。

悲しいですよ。

人間って、本当に自分の好み通りに生きたいのです。

大変、ですよ。

 

 人間社会に誕生して来ると、自分の好きな通りには生きる事ができません。

{{因縁}と{{親}の「宿命」を背負って生きるだけみたいです。

けれども、沢山の人達が<自分の心>見ようとしませんから、<<我がままな自分で、人生を生きる>>事になります。

自分が、どんな人間か・・・、その自分の心の有り方について、自分自身を知っておかないと、大変ですよ。

あれが欲しい、これが欲しい、自分の欲望だけを求めるから大変なのです。

 

 私は真面目人間って思ってる人達ほど、自分の心の裏側では、案外と{劣等感}や{人に対する不満}を持っていますよ。

不満、悔しさ、悲しさ、惨めさ、妬み、嫉妬、恨み、憎しみ、怨念、などなど抱えていなかったら、人生を生きるのが気楽になりますよ。

 

 沢山の人達が、言いますよ。

心は、形として見えないから、難しいって言います。

形が見えない人達は、自分の心の形が見えませんし、即ち、自分に対して気づきが悪いのです。

 

 自分の心の<<形>>って、やり方によっては簡単に見えますよ。

自分の心が、どれほど狭いのか、どれほど大きいのか、どれほど歪なのか、どれほど本当に綺麗なのか、どれほど他人の事柄を素直に受け止めているのか、どんな状況で拒絶しているのか、どんな環境で自分は共感しているのか、妥協しているのか、受容しているのか、心の形を調べれば、直ぐに理解できます。

 

 「・・ネット心理療法」で充分です。

<<インターネット心理療法>>続編(2)

2008 年 8 月 7 日 木曜日

 「インタ―ネット心理療法」については、(閲覧分)で記載していますが・・・。

もう少し、記載してみましょう。

 昔から、{{もの言わぬは、腹ふくるる!!!!}}なんて言葉が有ります。

本当に、人間の心って、そうなのです。

人前で、喋り過ぎるのも、問題ですが・・・・。

人前で、喋れなければ、もっと、もっと、人は自分の心が暗くなります。

それから、心が暗くなればなる程に、余計に、心は暗くなります。

 自分の心〈無意識と潜在意識と顕在意識が一緒になっている〉に、自分のもう一つの目先の心(=顕在意識)が<<引っ張られる>>からですね。

即ち、人には、色々な段階の心が有りますが、二つの心があると言っても良いですね。

{浅い心}と、もう一つは{深い心}だと、言っても良いでしょう。

 

 人は、自分の心を知っている積もりで人生を生きています。

喜び楽しみ、生活して生きておれば良いのですが・・・・。

案外と、悩み苦しみ生きているものです。

<<苦しく感じる>>、<<悲しく感じる>>、<<イライラと感じる>>、<<何となく、面白くない>、<<憂鬱に感じる>>、などなど、そんな気持ち&そんな感情など感じる様であれば、必ず、自分の心を点検して欲しいです。

そして、先刻、伝えたように、調べた自分の心を<<報告>>して欲しいです。

 けれども、自分の心の悲しい心(ある意味では、裏側の心ですよ)は、あまり他者に見せたくありません。

そんな見せたくない心を、自分の裏の心を開くのですね。

自分を、立派な人、凄い良くて真面目な人、誰もから褒められる人、などと考えていると、疲れます。

 

 人って、他者に自分の心を話した時に、自分の心を開く事になります。

でも、誰にでも、自分の心を話していると、<<他者に、真実に馬鹿だと思われる>>場合もあります。

眼前の人や環境に、どれほど上手に適応できるか、どうかが<人生の分かれ目>でしょう。

自分が、賢い偉い人間だと感じる時には、そのように他者に話をするだろうし、私は馬鹿な阿呆な人間だと思っている時には、そのように話を伝えるでしょう。

 自分の心を秘密にしておくのが、一番に疲れるでしょう。 

此の世に誕生して来た以上、誰にも<<不満や悲しさや怨念、など>>話をしても、世間の庶民には理解してもらえません。

世間を生きるための{{常識}}などを、養うのにも自分の心をオ―プンにしてみましょう。

 

 人間って、本当に不思議ですよ、自分の心を明るく照らしてみましょう。

そうする事が、一番に大切です。

「インタ―ネット心理療法」で、大丈夫です。

<<インターネット心理療法>>続編(1)

2008 年 8 月 5 日 火曜日

 当方、「インタ―ネット心理療法」を開始して、かなりの歳月が過ぎて行きました。

人の{心}って、素晴らしいですよ。

今、考えている事から、遡って、自分の小さな頃から自分の環境や家族の状況を見つめて、自分の会話や行動や心を再点検してみるのです。

 その前に、現在、自分の思い出す事柄や思い出すまでもなく、自分の目先の感じる事でも、何でも構いません。

とりあえず、口に出すか、それが出来ない時のために、この「インタ―ネット心理療法」ができたものです。

そう、自分の思う事柄や感じる事柄、何でも良いので、自分の頭の中の事をパソコンに打ち込んで<<知らせる>>のです。

 

 知らせる、これが大事ですよ。

悩みながら苦しみながら、自分の心の中の<負担に感じている事柄>をパソコンに打ち込んで、メ―ルを送ってみるものです。

ストレスを感じながら、持ちながら生活している人達は、必ず、自分の心の中にマイナスの気持ちが沢山と積もっていますから、自分の心を口にしたり、文字にしたりするのを困ったなあと、そんな気持ちも時折はあるでしょう。

 誰しも、人間は<真面目に生きている積もり>ですから・・・。

そう、皆が真剣に真面目に生きているって、言いますから、当方は不思議に思います。

本当に真面目であれば、人生を<<気楽>>に楽しく生きている、喧嘩などしないで生きていると考えますが、現実は、そうでないですよ。

人って、どんなに沢山の学問をしていても、自分の心、意識の中にあるものを何処かで見つめなおしていかないと、唯、自分の中で抱えているだけでは、いけませんね。

 

 何処かで、話したり、報告したり、皆さんに伝える事が大切です。

嬉しい事は、<<嬉しい事・物、何でも>>人に話す事でしょう。

そうする事で、自分が、より楽しくなるものです。

悲しい事柄は、やはり、<<悲しいです>>よと、その事実を具体的に話してみるのです。

 けれども、悲しい事、寂しい事、立腹している事、沢山のマイナスの感情を溜め込んでいる場合では、普通の状況では話せません。

自分の悩みなど、何処でも話していますと、周囲の皆から<<馬鹿>>にされます。

あの人は、{{マイナスの気持ち}}しか持っていないと、人間の一人として、低く評価されます。

当然ですね。

 

 心の葛藤、話してみたい事、「インタ―ネット心理療法」で可能です。

<<心の世界>>36の質問 (36)

2008 年 8 月 1 日 金曜日

  これで、最後の質問にしますが、

 随分と人間の考え方と生き様が分かってきました。

私の現在の心と考え方や思考傾向やプラス思考やマイナス思考、

などなど、全部が自分の深い心に操られているのですね。

自分の心を再確認のため、<<生い立の過去の自分の心の再解釈を>>しておかないといけませんね。

{顕在意識}はコロコロと変化しますが、根源である{潜在意識}と{無意識}を確認が必要みたいですね。

また、過去の心を<<伝える>>={告白}なのですね。自分を表現して伝えるって事ですね。

そして、心の新しい考え方「再生」・「回向」・「新生」を得られる訳ですね。

 

{お答え}

 人間は、誰も自分が真面目に素直に生きていると、考えています。

こんな思い、考え方をしていると、<<怖いです>>ね。

何故なら、自分は真面目だと思う人(本当は、駄目で愚かな人なのですが・・)、当方から考えていると、見栄と虚栄心への執着心も強い人が多いです。

こんな考え方は、人間の幼い時期から母親や父親を通して、心が形成されるからです。

勿論、幼い時に、両親以外の人達や劣悪な環境なども、心の形成に影響します。

 心・性格・自己同一性・人格、などと言われます。

「三つ子の魂、百まで」、これは、昔では数え年で3歳、今では2歳、2歳までに第1期の「不信感」が形成されますからね。

誕生~2・3歳~6歳~9歳~12歳~~~までが、非常に大切です。

人が現在に悩み、未来に向かって悩む場合では、自分の過去を散策する事で、心・人格を矯正するには、これしか有りません。

 

 人生で一番に大事な{悟り}は、「無常観」を悟る事です。体で生身のまま「死」を悟る事ですから、信じられない程に<<凄く嬉しく>>なるでしょう。

眼前に、どんな人達やどんな環境が立ちはだかっても、必ず乗り越えられるでしょう。

 「無常観」を悟られれば、「無我」を悟れるし、「無我」を悟れば「涅槃」を悟れるでしょう。

「無常観」を悟れば、自分が<<仮の存在>>だと分かるし、<<今を生きる>>事が格別に大事だと理解できるでしょう。

悩んだり悲しんだりする{時間}が、もったいなくて、自分に与えられた{時間}が少ないのに気づきますよ。

 

 生きながら「涅槃」に入れば、煩悩は燃えないでしょう。

万一、煩悩が燃えて苦しんだり悩んだにしても、何処まで<<煩悩をメラメラと燃やせば、自分の負担になるのか>>という、その限界と境界に直ぐに気づきます。

此の世から、消えた時が「涅槃の世界に入る」のでは、ありません。

心も体も、消えてしまえば人生での<<生身>>は終わりです。

 生身のまま「涅槃」まで悟られれば、最高の人生となります。