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2008 年 7 月 のアーカイブ

<<心の世界>>36の質問 (30)

2008 年 7 月 16 日 水曜日

  まだまだ、話を続けて下さい。

 「生」、「老」、「病」の次ですね。

 「死」について、説明をお願いします。

 どんな説明になるのでしょう。

 まだ、「死」については考えたくないのです。

 不安だし、怖い思いをするだけでしょう。

 何故、そんな嫌いな事柄を考えないといけないのでしょう。

 

{お答え}

 そうですね、多くの方達が、何故に嫌いな話をするのかと、思うでしょうね。

人間って、面白いですよ。

「死」って、誰にでも、必ず、やって来ます。

誰にでも真実に、未来には、来るものです。

それでも、人は普通では、「死」について語ろうとしません。

それほど、「死」について話をする事は、怖いし不吉だと感じるものでしょう。

 

 一般的には誰も「死」は怖いし、自分の<命が消えて行く>のに、不安があるのです。

 そうであるから、人は自分の「死」を受け入れると、全ての悲しいマイナスの不安と恐怖とか消えて行くものです。

必ず、完全に今の心の葛藤が消えなくても、随分と気持ちは気楽になりますよ。

 

 「死」は、自分が此の世から消えて行く事ですよね。

そんな自分の命を、限り有るもの、限り有る<<命>>と納得さえすれば、結構と気楽になるのですが・・・ね。

その自分の生命の{{終わり}を、人間ってなかなか受け入れるのが、怖いのです。

人間の欲望も、「死」を悟れば減って行きます。

 

 心の病ですね、{心身症}や{神経症}や{うつ病}にしても、根源的には、全ての人でストレスを抱えて<<昇華>>できないから、体にも心にも症状が沢山と出て来ます。

「死」は、人の心も体も、消えて行く事ですよ。

人の体も心も消えるって事は、全てが無くなるのです。

拘る心も、拘る体も、此の世から消失して行くのですから、気楽になれますよ。

拘りの心が無ければ、何も怖いものは有りませんからね。

 

 仏教観の中で一番に大事な事柄は、生きながら「死」を悟る事です。   

即ち、「無常観」ですね。

 「無常観」→「無我」→「涅槃」、生身のまま「無常観」を悟れば、人の心も直ぐに「無我」に移行して、更に、「涅槃」に入れますよ。

心と体の修行、勉強が重要ですが、「己を知る」心理療法が重要です。

 {{己の心}}を知って、「体」の修行に入るのが良いでしょう。

心の修行、勉強、自己を知るのが、大切だと分かるでしょう。

<<心の世界>>36の質問 (29)

2008 年 7 月 14 日 月曜日

  「四苦八苦」の質問です。・・・・まだ、まだ、話を続けて下さいませんか。

 よく聞く言葉ですが、はっきり分かりません。

 しっかりと、私の頭に入れておきたいのです。

 

{お答え}

 では、次は「「病」」について話しましょう。

「「病」」とは、赤ちゃんも若い人達も老若男女も、必ず、生きていれば<<病気>>にはなります。

病気をしないで、人生を終える事なんて、100%不可能でしょう。

生まれたばかりの新生児でも、先天性の病気になったまま生まれて来る場合もあります。赤ちゃんでも、腫瘍病変や悪性の血液疾患に罹患する場合もあります。

何歳になっても、どんな年齢でも、病気にはなりますね。

 

 純粋に、<肉体の病>になる場合と、<<肉体と心の半分半分の病=心身症>>や、純粋に<<心の病=神経症やうつ病>>、その他にまだまだ原因が不明の<<病気>>なども、ありますからね。

純粋に肉体の病では、医師に罹って薬や手術や照射治療法などを受けないと仕方が無いですね。

時には、日頃から、健康診断を受けておく必要もあります。

病気の手遅れに、ならないためにですね。

癌や肉腫などでは、必ず、早期治療が必要です。

 

 ここで問題になるのは、心の病と心に関連した病が中心となって来ます。

胃潰瘍や十二指腸潰瘍や気管支喘息なども、やはり、心が関連しています。

純粋に心が関連、或いは、原因の病気が沢山とあります。

異常会話や異常行動なども、全てが異常な心から出て来ます。

いじめと自殺など、学校の問題、家族内の虐待、アルコ―ル依存、覚醒剤依存、なども全部が心の病ですよね。

世の中を生きる限り、人は何らかのストレス=心の葛藤を持って生きる事になります。

唯、唯、自分の心を如何に動かして、生きるかでしょう。

 

 世の中で生きるには、常に、<<運命>>というか、自分の心を運ぶ、どう動かして生きるかですからね。

悩まないで学校生活や社会生活が出来れば、{心身症}や{神経症}や{うつ病}などには、なりません。

そうであるから、当方では、心の問題、心の整理、心の動かし方、などなどについて一生懸命に<お話>をしています。

病気になり、苦しむか苦しまないか、生きるなら苦しまないで人生を喜び楽しみ生きた方が良いですね。

 

 {宿命}と{運命}と{天命}まで、理解できれば・・・・・。

<<心の世界>>36の質問 (28)

2008 年 7 月 10 日 木曜日

  「四苦八苦」について質問します・・・人が自分の人生を生きるのに、自分の {過去を知る}のが大事だという事、それは<受け入れて>考えるようにします。

日頃から、人間は<何を、どんな事柄>を考えて生きているのか、少し話を聞かせて下さいますか、それも結局は、自分の過去を調べて具体的に詳細に把握できるのでしょうが。

 一体に、人間って何を考えて生きていますか???

 

{お答え}

 自分の{過去の心}を調べれば、詳細に理解できるのですが、<<説明>>を聞いていると、もっと具体的に理解できますから、伝えておきましょう。

この(閲覧分)でも、一度だけ触れていますが、もう一度、触れてみましょう。

仏教の言葉を借りて説明するのが、分かり易いでしょう。

「四苦八苦」と言う言葉が、あります。

「四苦」+「四苦」で、「八苦」となります。

最初の「四苦」は、「生」・「老」・「病」・「死」と言います。

後の「四苦」は、「五蘊盛苦」・「怨憎会苦」・「求不得苦」・「愛別離苦」、などと言われています。

 

「「生」」とは、人が生き続ける限り、苦悩はあるものということ、

{生まれる苦しみ}とも、言いますが・・・。

人は<<煩悩>>多きために、あれやこれやと考えます。

人の心は、<<一念三千>>とも言います。

人の一瞬の考えている事柄が、三千通りもあると表現されています。

本当にですね、人間って生きる限り、沢山の事柄を何かを考えて生きています。

親は子供の事、子供は親の事など、その他についても沢山沢山と考えます。

生きる事そのものが、苦しみなのだと教えています。

そう、生~新生児~乳児~幼児~子供~学童~生徒~思春期~青年~成年~壮年~高齢期~老齢期~死期・・・。

上記の間に、一体に、どれほど頭を使って考えるのでしょう。

 

「「老」」とは、人は生まれて来た以上は、必ず、年老いて行きます。

若い間は、自分が歳をとるなんて考えませんが、少しずつ歳月を重ねて行き気づいた時には<年老いて>おり、どんなにお金を大金を払っても<若くなれません>からね。

若い間は、体の動きとか体力なんて自分の事とは関係がなくて、全然と<老いる>事に関心がありません。

この点については、スポ―ツをすれば、誰でもすぐに理解できます。

自分の若い時と、体力など比較できますからね。

若い時は、格別に少年の頃は、案外と、自分が成長して<大人になりたい>とか思う人達も居ます。

その歳になって、気づいてきますが、教えても気づかない人も居ます。

<<心の世界>>36の質問 (27)

2008 年 7 月 9 日 水曜日

  先生は、子育ての基本は<親だと言われ>ますね。

学校の先生とか、人間社会とかは、親と子供と<如何なる関係>がありますか。

前回では、唯、親に<責任>があるとのことでしたが・・それも理解しました。人間社会も学校の先生の考え方も、皆の心が{歪}になっていますよね。

親が、過去を調べて{{非}}を認めるだけで、子供に謝罪するだけで充分なのでしょうか。  世の中も、悪いですよ。

世の中が悪い、学校が悪い、社会が悪いと、思われませんでしょうか。

 

{お答え}

 人間って、面白い、不思議ですね、何時も自分が大事だと、自分中心主義になります。

会社とか、企業とか、政治家なども、自分の心を見つめておかないと駄目なのです・・、人間社会において本当に<感謝、報恩>などだけで生きられるかと、問われれば難しい質問でしょう。

他者に対して、全ての自分を捧げるとなると、自分の仕事や生活にも面倒が起こるかも知れません。

 しかし、時には、自分を信じることが大事です。

そして、時には、他人に対して自分の力を<尽くす>事、他人に<何かをしてあげる>事も、大切ですよ。

無料奉仕ですよ。

初めから、無料奉仕で、心の底で{見返り}を求めない仕事とか作業では、絶対に疲れないでしょう。

何故なら、人が疲れるのは、何かをする毎に心の底で{見返り}を求めるから、今の現在の心も頭も疲れるし体が疲れて来るのです。

 

 さて、学校の先生も{悪い}などと思われるのですね。

当方も、確かに、学校の先生方で<心が歪で未熟な人格>の人達も見られると考えます。

生徒達に対して、自分が真面目に対応している気持ちのつもりですが、無意識的に<自分のストレス>を発散させる場合もありますから・・。

 昨今では、長期に休業したまま、学校の勤めにも出ないで、暫くの間、お金を頂いている人達も見られます。

マスコミで、学校の先生方や公務員の人達について、しばしば報じられています。

先生方や公務員の人達が、心の悩みで長期間にわたり休むと税金の無駄になります。

先生方や公務員の誰もが、見栄とか虚栄心とか、余分な心を捨てて生徒や庶民のために真剣に、自分の{態度}とか{会話}とか、{心}の動きを見極めておいて欲しいですね。

 

 家族の中で、どんなに親、両親が充分にケアしても、やはり、行った場所(学校)で、何時も辛い事柄が、多すぎると、幼い人達には<心の歪>は起こるでしょう。

当方、家族が根源の<根っ子>の問題を抱えていると言っても、その次の居場所が大変な居場所であれば、人格の未成熟な人達には、耐えられませんからね。

学校の先生方や、各種の公務員の人達も<己の心の動き>を見極めておいて下さいませ。

 

 自己を知る「心理療法」の体験しかないでしょう。

<<心の世界>>36の質問 (26)

2008 年 7 月 7 日 月曜日

  自分の心を{自己探求}するとか、「青い鳥」探しするとかは、了解しました。

じゃあ、子育ては、誰の責任でしょうか。

昨今は、親と子の問題が、随分と報道されています。

学校も悪いでしょう、先生達が<未熟過ぎる>って感じがします。

親よりも、先生達、また、人間社会が歪になり過ぎています。

そんなに思いますよ、{学校が悪い}、{人間社会}が悪いですね。

 

{お答え}

 自分が、自分は悲しい存在だ、悔しい、不満が沢山とあって、情けない、劣等感の固まり、悲劇だと思う時は、人間って、必ずですね、周りが悪いと、周りの責任にしたいのですね。

時には、生まれて来るのではなかった、などとも思います。

子育てで、親の思う通りに<子育て>出来なかったら、悲しくなりますし、苦しみます。

 

親は、子供達を一生懸命に育てる積もりで、一方で、夫婦の問題で夫婦喧嘩をしたり、<子育て>でも沢山と喧嘩します。

時には、親の両方共が、親の<生い立ち>で積み残した事柄を、自分の子供達に<頑張らせよう>とする場合が多いですね。

また、親達の育つ過程で、自分の親に対してマイナスの感情を沢山と抱えている人達は、自分の子供達に<虐待行為>も、する場合が案外とあります。

 

 親の考え方で、子育てをしますが、良い事でしょう。

しかし、子育ての過程において、子供達を育てるのに、親の思う通りにはならない、子供達は<自分達の親の言う通り>に勉強してくれないとか、登校拒否、非行、いじめ、学校での態度が悪いとか、勉強しないとか、顔の表情が悪いとか、元気が無いとか、上学年になれば異性の下着などを盗むとか、不眠、引きこもり、などなどの可能性が有れば、しっかりと注意して欲しいです。

 

 一般的には、子供の{異常会話}とか、{異常行動}とか、{異常な心}などに心配が出て来た時は、先ずは、子供達の親に原因が有ります。

親は、自分の考え方は正しい、自分の行なっている事は正しい、そう考えたいのです。

ここで、少し考えてみて、親に必要なのは、自分達が<子育ての段階で間違えた>のではないかと、気づく事が重要です。

 

何故って、自分の親に{親の恩}や{親への感謝}などを、感じ取る能力のある人達は、「良い事」と「悪い事」の判断が出来ます。

結局は、子供が悪いのではなく、学校の先生が悪いなどと、全てが他者が責任だとは思わない方が良いです。

親が、子供達から見て、自分の親は{優しい良い親}だと感じていれば、子供達の異常会話や異常行動は、起こらないものです。

 

 親が自分の過去を振り返り、自分の{{非}}を認めた時には、子供達に対して自分の{非}}を伝えてあげる事が最大に重要です。