‘講演’ カテゴリーのアーカイブ

<<講演>>人間って、孤独?? (2)

2008 年 11 月 22 日 土曜日

 人間って、孤独??

 そんなものでは、ないでしょうか。

誰もが、独りで此の世に誕生して来ます。

気づけば、自分の親が居ますよ。

気づいたら、自分の親は居なかった、などの場合もあります。

ですがね、自分の期待通りの親でない事が多いですからね。

自分の親でなければ、もっと寂しさや厳しさを味わう場合もあるでしょう。

 

 誕生させられた私は、親の気持ちなんて理解できません。

少しずつ成長してみると、親は私達子供に沢山の事柄を押し付けますからね。

嬉しい事も時折にありますが、多くの時間で悲しい事が沢山と有ります。

自由に自分の好きなように、自分の好み通りに生きて生きたいのですが、自分の思い通りにさせてくれません。

兄弟が居ても、姉が居れば、姉は自分よりも力も頭も良いとばかりに、妹を苛めたりもします。

姉が弟を苛めたり、兄が妹や弟を苛めたりもします。

親は、弟に見方ばかりして欲しいのですが、兄や姉を見方にしている場合もあります。

いっその事、兄弟なんか居ない方が良いと思う事が何度もあります。

でもね、兄弟が居なければ、何で親は兄弟姉妹を作ってくれなかったのだと感じます。

 

 そう、子供が幼い時に、直ぐに、保育所に預けたりもします。

まだまだ、親離れしていないのに、ですよ。

保育所に預けられると、知らない子供達と気持ちを合わせるって、面倒ですからね。

もう少し、親の元において、自分を育てて欲しいと望みを持っていても、駄目な場合が沢山とあります。

保育所に預けられると、保育所のおばちゃんに{おねだり}も出来ません。

もっと、甘えたいのに、甘える事が出来ません。

どうすれば、良いか分かりません。

夕方になっても、子供を迎えに来るのが遅かったりで、悲しい時間、孤独な時間を待たないといけないでしょう。

 

 幼い時が一番に、子供の成長には大切だと聞いていますよ。

この事については、大きくなって後に、聞く事柄ですがね。

食べる食事も、母親が作ってくれた物で、なかったり、外で買ってきた食事を自分に食べさせるから、母親の味、母親の気持ちを理解できませんね。

まして、父親の顔は見た事もありません。

母親が上手に、子供の自分に説明してくれたら良いのですが、母親は父親について、あまり説明してくれた事もありません。

何だか凄く、子供ながらに寂しく孤独に感じます。

<<講演>>人間って、孤独?? (1)

2008 年 11 月 20 日 木曜日

 世の中を見ていますと、孤独に生きている人達が沢山と見られます。

 

贅沢をして、他人が見れば<<嘘でしょう、そんな気持ちなんて無いでしょう>>なんて思っていても、現実には、名誉も地位もお金も有る人達が、孤独に生きています。

そう、人間の生き様、人間の心を見抜いている人達は、全ての人の心が見える筈なのですがね。

 

 人間が生きる場所には、必ず、煩悩が付き纏うもの、ですよね。

若い人には、高齢者の本当の気持ちは理解できないでしょう。

擬似体験的な気持ちは、理解できるでしょうが、あくまでも、疑似体験であり、現実の心底の心の理解は無理でしょう。

私は理解できますよと言ったところで、当人が<<そう言っても、それは嘘です>>よ。

あくまでも、擬似体験、ですね。

相当に、人の心の学問を勉強して、己の心を悟った人であれば、かなり近い理解は出来るでしょうがね。

人間の煩悩を、全て体で理解できるならば、かなり良い理解力は有るでしょう。

人の悩みについても、ですね。

 

 孤独、孤独、そんな気持ちは何処から、やって来るのでしょう。

孤独の原点を理解しないと、自分の孤独も他人の孤独も、そんな心の真実は見えませんからね。

ニコニコ笑顔で生きている人の裏側にも、孤独感は案外と有るから、面白いですよ。

人間って、心の勉強が一番に大切です。

体についても、理解は必要ですがね。

自分の体が、傷んでいても、自分の体は正常だと言う人もいるくらいです。

世の中には、本当に<<鈍感な人も居ます>>よ。

自分の心については、尚更に、心に<<気づかない>>場合が多いです。

 

 格別に、人は、自分の心、そして、{{潜在意識や無意識}}には気づかない人達が多いです。

その潜在意識や無意識については、沢山の人達が理解出来ません。

だから、自分の心の底では<<孤独を抱えていて>>も気づかず、私は<<幸せ>と言う人も居ます。

そして、ある時点で格別な事柄に出会うと、嘆き苦しみ、人生の<<どん底に落ち>>込んで行きます。

どん底の心を味わって、初めて理解できるかもしれません。

どん底の心を味わったままで、人生を生きていても辛い人生だけでしょう。

悩みを解決して、初めて、逆に、{{自分の心の孤独}}にも気づく事があります。

全く、生まれて一度も孤独なんて無いよと、言う人が居たら、これも大変に可哀相な人だと思いますが、本当に、そう思います・・・。

<<講演>>人生への理解(21)最終回

2007 年 4 月 4 日 水曜日

 残念ではあるが、庶民は眼前のみを見て、自分の人生を歩いて行くものである。

ともすれば、自分が世間を、そして眼前の現況や他者である人々を見詰める判断能力が間違っている場合もある。

 

 自分を中心として、自分の外側だけを見るのである。

何か自分の好みの物はないだろうか、と言う思いである。

自分の外界の物を見る心が、正常範囲であるかどうかが、限りなく問題である。

外界を見る{眼差し}が逸脱していると、神経症や心身症やうつ病などの症状、他に、犯罪にまで至る逸脱行為なども起こってくる。

 

 人の心は、常にその人の過去の心が現在の心・現在を見る心(状況を判断をする心と言っても良い)を作り、現在の心が未来を見る心(未来の状況を判断する心)を創造する事には間違いない。

 

 過去の記憶は、人間の大脳の海馬と言う場所に記憶される。

ここに記憶が渦巻いている。

だから、人が現在の状況や人間関係などを判断するのも、海馬で渦巻いている心が、現在の自分を常に操作している。

 

 現在に悩みや苦しみを抱えている場合では、目先の現況を判断している心(これは、海馬の過去の心になる)を調べる事、この方法が自分の創造力、悩み、苦しみ、不安神経症、心身症、うつ病、アルコール依存、逸脱会話、逸脱行動、犯罪、などなどについても、解決をもたらすであろう。

 何故ならば、自分の会話したり、行動したり、悩んだり、苦しんだり、病状についても、全ての諸々の事柄を、自分で上手に判断できる能力が完成されてくるからである。

対人関係や現状の困難な問題などにも、自分の心で{判断できる人}となれるのである。

 最終的には、本当に自分は{真面目な人間}なのか{劣等意識の塊}なのか、或いは{素直で正直な人間}なのか{愚かな人間}なのか、自分は{善人}なのか{悪人}なのか、を<体>で判断できる人であって欲しい。

 

 建前の心(浅い心・顕在意識)だけで{善人}だと判定する人は真実に愚かな人間である。

{善人}と{悪人}の区別は、深層心理(潜在意識と無意識)が裏打ちされた心で判定する事である。

{無常観}までは悟れない。

上記の判定だけで、健康な人格の人になれるのである。

<<講演>>人生への理解(20)

2007 年 3 月 28 日 水曜日

 {拘らない}、{執着しない}、{捕らわれない}、{差別しない}、{分別しない}、{偏らない}

自分の{心}が上記の6つから、何時でも自由自在に解放される能力を持っている人達は、どんな境遇に置かれたとしても、悩みや苦しみを持たないで自分の人生を歩けるでしょう。

 

 そんな上手な心を持った人、{悩まない人}になるための良策を今から伝えます。

 

 悩みは、自分の過去からやって来ます。

殆ど全ての人が、眼前の状況を眺めて、悲しいとか苦しいとかで悩みます。

眼の前の拘っている現状を変えようと、努力します。

此の世で人間が生き続ける限り、自分の思う通りに物事が運べるものではありません。

それでも当人は「こんな筈ではなかった・・・」などと悔やんでしまいます。

 

 人間が悩むのは、自分の浅い心で悩んでいます。

勿論の事、人の浅い心は深い心(潜在意識や無意識などの世界の心・・・)に裏打ちされています。

ですが、悩みから抜け出られない人達は、自分の浅い目先の心(顕在意識と言います)、小さな目先の心を、変えようとしますね。

その小さな目先の心を、深い心(こちらの方が遥かに、大きくて渦巻いています・・・)が動かしていますので・・・・・・・・・。

 

 心理療法について学ぶだけでは、駄目なのです。

勉強するだけでは、駄目なのです。

どんなに沢山の書物を読んで、自分と人生の{心の扉}を開こうと努力しても、駄目ですね。

自分で実際に「心理療法」、「インターネット心理療法」でも良いから、体験してみる事ですね。

書物を沢山と読んでも、所詮その行為は自分の目先と自分の頭で、自分の外側の世界を解釈するだけです。

自分の外側の状況や物事や人間関係を見て、自分の頭の中に知識として身に着けるだけです。

 

 人間世界、自分の心の世界、諸々の全てを体得するためには、自分の幼少時から自分の今ある現在(潜在意識と無意識)までを、先に掘り起こして<過去の自分を評価>する、その上で、自分の過去を新しく意味づけと{再解釈}、そして過去の意味づけの{受け取りなおし}が最大に重要です。

 

 素直に謙虚になって、自分の過去に眼差しを向ける事、そして、面接者に話す事、これだけで難解な{心の扉}が開けます。

 

 神経症やうつ病や心身症などが、治癒して行きます。

<<講演>>人生への理解(19)

2007 年 3 月 27 日 火曜日

 {生}あるところに、必ず{滅}があります。

生まれて来たら、歳月の流れと共に人は年老いて、病気をしながら最後は此の世から消えて行くものです。(幼少期~成年期、などにて病気で終末を迎える人達もいますが・・)

 {生}~から~{滅}まで、可能であれば悩まないで苦しまないで楽しい人生を送ることが出来たら最高でしょう。

 

 ここでは少しながら心の勉強が必要ですが、そんな{悩まない人}になって欲しいと希望しています。

 

 「人間って、人間世界で悩まない人が居るのでしょうか?そんな事は不可能でしょう」と、当方に質問をされた方が居られました。

人間世界、人間社会を生きるのに、悩まないで楽しく生きられる<考え方>には、案外と簡単に変われるものです。

しかし、心の学習をせずに自分で人生を考えて、自分流では、そんなに簡単に<人生を楽しく>生きられるものではないと思います。

 人間、とかく自分の考えが一番に正しいと思っているので、直ぐに他者を<非難したり>、<悪口を言ったり>、<陰口を言ったり>します。

他者について悪口を言いながら自分は正しくて真面目な人間だと思っているので、人間関係の摩擦は必然と起こります。

 

 一体に何で、そんなに人は自分の欲求を肥大化させて行くのでありましょう。

気が合わないと言いながら、心の底で{非難}、{拒絶}、{嫌い}、{不機嫌}、{悪口}、{罵り}、{恨み}、{憎み}、{罵倒}などなどと、意外と多くの人達が、本当の心を知らずして、そんな考え方をしてしまいます。

 

 家族の中でも、父親と母親の心がバラバラであると、子供達の心も<崩壊>して行きます。どんな家族であれ、どんな会社であれ、一人でも、二人でも、周囲の人達の心を見ずに理解せずに会話したり行動したりする人が居ると、全体の調和も壊れ易いものとなります。

 

 人間世界を生きる事は、誰かにお世話になり誰かに迷惑をかけて生きるものでしょう。

しかし、その事実を体得しておかないと立派な人間にはなれません。

{悩まない人}になるのは、自分本意の生活が出来る事、自分本意の生活をする事とは違います。

何事も自分本意だと、逆に他者から真実に{変な人}と思われる事が益々多くなります。