‘家族・親子’ カテゴリーのアーカイブ

<<家族・親子>>「親殺し」(7)

2007 年 8 月 6 日 月曜日

 新聞やテレビで、{親殺し}について色々と報じている。なかなか真実を伝える報道はなされていないようです。

 

 未熟すぎる気質の人達は、劣等感の塊で、頭の中は充満されています。

{劣等感}が強いと、不平、不満、やきもち、嫉妬、妬み、恨み、憎しみ、怨念など、とにかく、マイナスの感情を持っています。

心の葛藤は、深層心理の中、潜在意識と無意識の中で強度に<渦巻いて>います。

 

 何度か伝えたのですが、世の中の{善}と{悪}についての判断は、全く、できなくなります。

{善}と{悪}の両価性とも言われ、「アンビバレンス」の言葉があります。

こういう人達は、自己同一性とか、人格の纏まりがなく、考え方というか、心が確立されていないのですね。

自分の過去が<ぼんやり>していたり、<過去の記憶>を思い出すのが上手でなかったり、<過去の記憶と現在の記憶>が、繋がらない人達も見られます。

 

 格別に、母にしろ、父にしろ、親に怨念を抱きながらも、間歇的に、過去の意識から、現在の意識を強迫されますので、自分が、何か特別な異常行動を起こしても、その後には、<他人がやった>ものと感じてしまうし、自分は<何も特別な事>をしていないと思います。

また、一般的には<悪い事>をしていても、自分が{悪い事}と{善なる事}の判断ができていません。

  面白いというか、本当に悲しい事なのですが・・・、

自分の過去の記憶が、現在の意識と<切れています>ので、自分の過去を自分と認識できません。

親とか他人の体を切り刻んだり、異常行動は全く大変です。

普通の人達には、考えられない程の、大変な醜い異常行動もします。

 

 何度も言いますが自分では、異常行動とは感じていません。

{善悪の区別}ができない、{過去と現在の意識}がつながりません。

「心理療法」に、自分で直接に、長期間関わった人でないと、理解できないでしょう。

カウンセリングにだけ関わって来た人達には、彼等の深層心理を理解できないでしょう。

特別に、彼等の心の<カラクリ>と、異常行動との関連の把握が、難しいでしょう。

 

 当方、繰り返しますが、マスコミの報道とか、又、テレビ、新聞、雑誌などに、自称他称にしろ、皆の意見が報道されていますが、どうしても違和感を覚えますね!!!

当方の考えでは、報道での参考意見などは、全部が違っていると、確信しています。

 もっとも、マスコミの報道において、家族に<ストレスを与えまい>と考えて遠慮しているのならば、そんな報道をするべきではないですね。

真実を語らないのであれば、これは<何をかいわんや>であります。

 

 親が、自分の異常行動を起こす子供達の誕生から~現在までを、親と子供{会話}と{行動}と{心}を正確に吟味すれば、答えは見えて来ます。

 

 親は、自分の子育てについて、正しい育て方と思っていますので、恐いです。

<<家族・親子>>「親殺し」(6)

2007 年 8 月 3 日 金曜日

 親を殺した子供達(大人も含めて)ですね、当方から見れば当然だと思う事柄を、一般の人達は、何故あんなおとなしい子供達が、親を殺すのか理解できないと、言います。

 

 ですが、それは、無理のない事ですね。

人間の心を深く抉って熟慮した人達でないと、理解できません。

先ずは、自分の過去の心、自分の<生い立ちの心>が読み取れる人でないと、他人の心も読み取れませんね。

 

 犯罪、事件の後の、犯罪者との面接でも、親を殺した犯罪者に<親が嫌いだった>のかと問うても、正解が戻って来ないのが普通でしょう。

勿論、時には、「親が嫌いだったから殺したい」と答える犯罪者も居るでしょう。

建前と本音の気づかない人達ですね。

それは、何故でしょう!!!

 

 心理療法に長期間、携わった人でないと理解できませんね!!!

自分の深い心と浅い心、本音と建前、無意識と潜在意識と顕在意識を覗いて、自分の心・性格・人格を{善}か{悪}なのかを判断できる人であることが必要です。

自分自身の{善と悪}を決定できていない人は、犯罪者や事件を起こす人達の心は、解らない筈です。

 

 多くの犯罪者は、自分は{正しい}、このくらいは{許される}などと、何処までも自分を正直で素直な人間と思っています。

そうなる原因は、自分の{過去の心}が全く見れないことによります。

 自分の過去の心の善悪の判断を出来ない人達が、「お母さんが嫌いだったのか」と、問われても、<嫌い>だったとは答えられないでしょう。<嫌いか好きか>という問題、或いは、思考は、自分の過去の心を基盤として判断するものですから、質問されても、質問の意味さえ理解できないでしょう。

 

 所謂、二重人格や多重人格者、また、限りない程にそんな人格に近い人達は、未熟な心なのですがね・・。

日常生活では、自分は未熟だとさえ思っていません。

親が嫌いだと答える人は、まだ心・性格・人格を矯正できる<道>をも残されていますね。

「好き」と「嫌い」、「善」と「悪」、「勝」と「負」、「得」と「損」などについて、判定できない人達も現実に沢山と居ます。

 

 恐い世の中、恐ろしい世の中、どうして、こんな世の中になったのでしょう。

親の子育てが、大きな問題なのです。

子供の小さい頃から、子供達の心を上手に育てられなかった事、これだけでしょう。

勿論、先天性の意識障害の程度も、考えておくべきでしょうが・・・。

心・性格・人格は、後天性と考えて良いでしょう。

特別なケ―スを、除いて、全てが、そうですよ。

 

 親が、先に、心の勉強、「心理療法」を受けるべきです。

<<家族・親子>>「親殺し」(5)

2007 年 8 月 2 日 木曜日

 子育ては、油断をしていると、本当に大変です。

 

 根本的な問題は、親が子供の立場に立って考える事です。

そう、子供の立場に立ってと言うのは、子供の将来を考えてスパルタ教育をするという意味では、ありません。

 親が、子供達に向かって注意とか助言をする時、此処までは、年齢的にも未だ理解が難しいとか、何処まで、子供達を指導して育てるのかとか!! そういう、子供達への配慮や、子供達の心が如何に動いているのかを、親が注意しながら育てるという事が重要です。

 

 現在の子供達は、親の背中を見ていても、上手に育ちません。

今でも、時折に、頑固に言う親がいますね、親はしっかり働いて子供に背中を見せていたら良いというのです。

時代の錯覚と言うか・・・・、昔の様に皆が貧乏暮らしの時代は、それで良かったのですが、現代社会では、親のそんな態度では、子供達に通用しません。

 

 親は、子供達を良い子、優秀な子に育てるために叱咤激励する場合が沢山とあります。

世の中の親は、自分が自分の思う通りに育たなかったがために、わが子に自分の見栄と虚栄心を託すのです、先述しましたが・・・・・。

子供達は、人間社会が{何}か知っていないのですから・・・。

親には、親の言い分がありますが、子供には子供の言い分が有ります。

親が子供達を激励して、子供達が悩んで苦しんでいるのに・・・・、親は子供のためを思って激励して世話をしていると考えています。

 

 子供達が、異常か正常範囲かをしっかりと把握するくらいの余力を持って欲しいですね。

子育ての段階で、どうも自分の子供達が<何か変だ>と親が気づけば、・・・・・・・・・・{{一体に、親は何をするべきでしょう!!!}}

直接に親が、子供達に助言や説教をしても届きませんから、・・・・・・・。

 親が、先ず最初に、親の親(子供から言えば、祖父母になりますが・・・)について、自分が過去を振り返り、自分は親に対して、真実に{良い子}であったかどうかを知る必要があります。また、親孝行の子供であったか、どうかも知る必要があります。

{親の恩}とか{親への感謝}などの気持ちを一欠けらでも持っていたかどうか、先ずは自分の心と行動と会話を・・・・。

 

 自分の過去を振り返り、先に、自分と自分の親に対する{{過去の和解}}が大切ですね。

先に、親が自分の親と{過去の和解}をしてからでないと、なかなか自分の子供に対しても、親から自分の子供へ{過去の和解}をしていこうなんて出来ません。

当方の願う事、先ずは、悩める子供の親が、最初に人生を悟る事が物凄く最重要なのです。

 

 親が、自分の親に{過去の和解}を出来れば、自分の子供にも{過去の和解}が出来る

 でしょう。

 

 必ず、子供達は<親を殺すどころ>か、親への感謝に変化するでしょう。

<<家族・親子>>「親殺し」(4)

2007 年 7 月 30 日 月曜日

 子供達が、親を殺す。

当方から見れば、至極当然の理由が有るはずであると、感じています。

当たり前ですよね、ストレスが溜まり自分で処理できなければ、何かの代替を望むものですよ、人は・・・・・・・。

人間社会の中で孤独は、大変です。

家族の中での孤独も、大変です。

 自分が何処に居ても、孤独で淋しければ、悲しければ、怨念を持てば、自然と異常な心が蓄積されます。

会話や行動にまで、現れてきますね。

会話だけで終われば良いのですが、行動にまで至ると、事件となります。

 

 親が、子供達の心を癒してあげる。

悩める子供達にとっては、最高の幸せとなるでありましょう。

何事においても、「心の根っこ」は親の子育てが原点になりますね。

この事実、親から子供達を如何に癒してあげるか、それだけなのです。

 仮に、他人が彼等の心を癒してあげる事もできます。

しかし、それは、宗教の心を借りなければ、事を上手に運べないでしょう。

人間が、{心の悟り}を伝えるなんて、どんなに努力しても{心の悟り}は伝わりません。

宗教の心を借りて、子供達を癒してあげれば、一応、何らかの格好はつくでしょうが、その代わりに、親の元へは2度と帰らない子供になるかも知れません。

 

 先祖代々から、親から子へ、親から子へ、心は見えないままで伝播しています。

親から、先ずは、見栄と虚栄心を捨てる事ですね。

性格的に、人格的に、未成熟な人達ほど見栄と虚栄心を抱えたまま、手放そうとしないものです。

 そうすると、心の葛藤は溜まるばかりとなりますが、「そんな心は持たない方が良いよ」と教えてあげても、子供達は理解できません。

親と子の心、格別に、悩む子供達がいるとすれば、子供達の過去の心が問題になります。

 

 親と子の過去の「心の和解」、これだけで充分なのです。

「心の和解」を得るためには、親から、「心理療法」を受けないと、子供達の心を知る事ができません。

 親が、自分の子育てに間違いが有ったと<悟った時>から、親の子供を見る顔、人相、後ろ姿も変わって行きますね。

子供達も、直ぐに、親の変化を気づいて、自分の心を訂正してくれます。

親は、親のエゴを捨てて、初めて子供達と<心の通い合い>が出来るのです。

 

 親の心「親と子供達の過去の和解」、これだけで充分なのです。

 

 親の「心理療法」の体験で、全てが上手く行くでしょう。

<<家族・親子>>「親殺し」(3)

2007 年 7 月 26 日 木曜日

 子供達は成長段階で、必ず、自分の親に対して<心の葛藤>を抱えるものです。

 

 どんな勉強が出来ても、大人になった時に、全く<使いもの>にならない人間になってしまう場合が有ります。

要するに、常識の外れた人間になってしまう場合が、結構とあります。

 学問だけが優秀でも、{人間学}が勉強できていなければ、人間社会で通用しません。

あまりにも常識が無ければ、周囲の人間に相手にされなくなるので、孤独にもなります。

不満も不平も怨念も溜まります。

 

 幼い時から、学問では、優秀に育って来て、社会に出て<沈没>する場合があります。

一方で、幼い時から、親に反発を持って、体で反抗する場合、口で反抗する場合、心の中で反抗する場合、など、色々なケ―スが有ります。

 最大に困るのは、行動や口で反抗せずに、心の中だけで<不平、不満、怨念、など>を溜め込んで育つ場合ですね。

行動や口で反抗しないので、親は自分の子供達が、上手に賢く偉く育っているものと思っている場合もあります。

 ですが、学校の成績や行動面などについては、親が几帳面に見ていれば大丈夫かどうかが、直ぐに推測できる筈なのです。

しかし、親は、それさえも、確認せずに、自分の子供は<おとなしい・良い子>と思っています。

親が、薄々と気づいていても、既に、手遅れの場合が沢山ありますね。

 

 親が、自分で自分の子供達の心・性格・人格を矯正する事は、先ず、100%不可能だと感じています、当方では、長い間、心理療法に関わって来てから、そう思っています。

親が、自分の心と力で、子供達の心を矯正する事は、本当に不可能でしょう。

 おとなしい子供達は、必ず、親に対して余分な心の葛藤、特に、親に対するストレスを溜め込んでいますので、親への心の解決が出来ない時に、心の葛藤は、他人に移って行きます。

他人に対しても、心の<通い合い>が出来なければ、心の葛藤が解決できません。

そんな時に、再び、心の<やり場>が無くて、葛藤が増大します。

 

 <やり場>の無い心を物にぶっつけ、行動で当たっても、自分の心が癒されない時に、或いは、他人に心を当り散らしても癒されない時には、何らかの事件が起きるのは当然でしょう。

 引きこもり、ニートの人達で、本当に自分で自分の人生の{運命}を切り開ける人達が、何人いるでしょう。

所謂、モラトリアム人間だけで済めば良いのですが、いつまで続くか分かりませんし、続くと困ります。

勿論、彼等の中に、本当に優秀な人達も、稀に見られるが、随分と後になって、結果が現れるのだから、見分けは難しいでしょう。

 

 「心理療法」を受ければ、簡単に<見分け>は付きますね。