‘うつ病’ カテゴリーのアーカイブ

<<うつ病>>うつ病者の治療について(3)

2007 年 12 月 4 日 火曜日

そっとしてあげて、休養させておいて、うつ病者が自分で立ち治るまで、自立を待っていますと、逆に<幼児帰り>して、ドロップアウトして会社などから退職せざるを得ない場合も沢山とあります。

悲しい出来事ですね。

 人生について、学問的に詳細な知識を持たなくても、<悟れなくて>も、周囲の人達や自分の置かれた環境に対して<不満を持たなけれ>ば、いや、<恨みや不平や不満やヤキモチや嫉妬>など持たなければ、絶対に{うつ病者}にはならない筈ですね。

勿論、見栄や虚栄心を持ち過ぎても、{うつ病者}にはなるでしょう。

見栄や虚栄心が実現されないと・・自分の望む物事が得られず・・・落ち込みますね。

自分の実力と力量に従って生きる事なのですが、心の世界については、医師が無頓着であり過ぎるのではないでしょうか、大学の先生方を含めてですね。

 以前に、私の心理療法室に、国立大学の精神科の教授が訪問された事がありますが、カウンセリングでは、自己の潜在意識や無意識の世界を上手に拾い上げて<過去の再解釈・過去の意味づけの受け取りなおし>が困難だと言う事は、一致していました。

7泊8日の宿泊での心理療法では、カウンセリングの1年間の<心の量>をこなせるのだと話した事も一致していました。

 「客観的過去の自己分析」を受けてもらわないと、うつ病者の人生も悪い方へ傾きますし(人格の改造なきまま、生きるので・・)、当人にとっても<人生の損失>は大変なものですよ。

また、人間って悩んだ時、うつ病になった時もそうですが、もっと心の大きな「器」の人間になれるチャンスがあるものですね。

但し、そっとして休養させてあげただけでは、駄目で、心理療法「客観的自己洞察法」を受けさせて、己の自分の「器」を確認させてあげておかないと、ですね!! 

良い方への人格改造が重要ですね。

また、当人が自立するのを待っているだけでは、最後まで自立できずに、ドロップアウトして退職や自殺にまで至るケ―スは、沢山あります。

 結論としては、悩まない人間になる事、そのためには、無意識・潜在意識・顕在意識、深層心理と表層心理、本音と建前、この考え方が揃った時には、海馬の中の<過去の記憶も渦巻いて座している>事は無い筈です。

大脳内の生理学的化学的物質の変化が先か、思考体系の崩壊が先か、どちらが先かの問題ですよ。

 日頃から、人生を生きるのに、悩まず生きられれば最高ですが・・・。

逆に、悩まない人にしてあげる事、そのもので、大脳内の神経内分泌ホルモン免疫のバランスも良好に変化して行きます。

悩まない人は、大脳内のホルモンや神経内分泌や免疫などのバランスは壊れないですよ。

などなどの使い分けが出来る事なのですが、一般的には、うつ病者には、こんな言葉も伝わりません。

<<うつ病>>うつ病者の治療について(2)

2007 年 12 月 4 日 火曜日

無意識・潜在意識・顕在意識の三意識の歪化が無い事が、最大に望ましいと考えます。

うつ病者の思考体系には、必ず、人生についてのマイナスの思考体系になっていますよ。

うつ病者は、全体的には、自分の過去に拘り、そして現在と未来について拘ります。

強迫神経症者は、限りなく未来について拘りますし、実は、自分の過去に拘っているが、気づいていませんね。

 気づかせようと思っても、重傷者では、案外と過去を振り返らない人もいます。

どんなに教えて伝えてあげても、当人は自分の心の{カラクリ}を理解しません。

うつ病者も、自分の心の{カラクリ}を理解しようとしないのは、同じです。

勿論、医師でさえ、うつ病者の{心のカラクリ}を見抜いていません。

 常に、人は誰でも、自分の<生い立ちの心>から、自分の<現在の心と会話と行動>を動かされています。

反復強迫、PTSDなどの言葉がありますが、この過去の悪い記憶の消去には、当方は、20年以上にわたり「心理療法」に関わって来ている訳ですが、過去の客観的回想法が{最良}と考えます。

 過去の悪い記憶を消去すると言う事は、記憶を消して完全に忘れてしまうのではなくて、過去のどんな事柄を思い出しても<納得して受け入れられる>と言う事、この事が過去の消去と言う意味ですね。

現実に、当院では、うつ病患者さんに対する「客観的自己洞察法」が一番に多いですね。

 悲しい事に、残念な事に、厚労省からの方でも、うつ病で自殺が増えたと言うばかりで、うつ病者の治療に対して、心理療法が必要だと言う声が全く出てきませんね。

極く最近も、公務員の方達の二人、うつ病で、他の病院で休業診断書を書かれて休んでいた人達が、当院で「客観的自己洞察法」を受けて働き出しています。今も、現実に社会復帰をして働いています。

 うつ病者の心理療法については、心理療法中でも、{症状や状態を見ながら、薬の調節が必要です}から、医師&心理士でないと、大変な時があるでしょう。

ベテランの心理療法士でさえも、うつ病者への心理療法では、心理療法へ理解のある医師と連係をとっておかないと、いけませんね。

何故なら、うつ病者の心理療法では、頭の回転が廻らない事があり、薬の調節や屯用などを必要とする時もあるからです。

 「心理療法」、格別に「客観的自己洞察法」では、心理療法の初期に薬の増減を必要とする場合があります。

まして、カウンセリングの途中でも抗うつ薬の屯用を必要とする場合がありますね(うつ病者へのカウンセリングでは、効果が悪いのですが・・・本当に、効果が悪いし、最後まで心のトビラは開けませんね、自己洞察的カウンセリングにまで入らないと・・・。)。

 うつ病者の治療について、医師達が、そっとしてあげて<励まさない>で、<元気づけない>で、<休養させて>あげて、薬だけは服用して下さいと説明していますよね。

そんな時間が・・・、自分で自立してゆく時間・歳月を待ってあげるのが、最良の治療であろうか!!!! 当方は、絶対に<そうは思わない>ですよ。

<<うつ病>>うつ病者の治療について(1)

2007 年 12 月 4 日 火曜日

  うつ病者の治療について 

(某医療関係企業:情報誌の記事に寄せた当方のコメント①~④を掲載しておきます。)

 

貴社からの情報誌によりますと・・・

うつ病:医師の見解は、うつ病者の治療について、常に{薬の投薬}だけを主張しておられるようです。

一般に、精神科医師から、うつ病の治療について、薬、薬、の話ばかりですね。

勿論、薬の大事な事は、当方、充分に理解している積もりです。

 当方は、医師&(財)日本臨床心理士に属している一人の人間ですが、何時も、うつ病についての治療に<疑問を抱えて>います。

{{うつ病}}についての治療では、医学者??医師の見解は???どうも薬に偏り過ぎているものと考えています。

 また、当方では、心理療法「客観的自己洞察法」を開始して25年以上が過ぎました。

最初は、カウンセリングをしていましたが、カウンセリングでは心の底辺にまで辿り着くのは、到底、無理のようです。

また、カウンセリングで、心の底辺を覗いたように見えても、それでは、到底、自分流の「自己分析」であり、客観的自己分析とは違います。

 要するに、{{うつ病者の治療}}については、悩まない人にしてあげる事、それだけではないでしょうか。

悩まない人は、絶対に、うつ病にはなりませんよ!!!

唯、唯、悩まない人でも、仕事の時間が多すぎて、或いは、遊び過ぎでも同じですが、

睡眠時間が極端に少ない場合には、何らかの症状は絶対に出て来る事だけは、間違いありませんね。

人は、眠らないで、生きる事は不可能ですからね。

 当方が、感じている事柄は、うつ病になってしまった場合には、程度の{軽症や中等度や重症}差が当然にある訳ですが、薬は確かに間違いなく、絶対に必要ですね。

セロトニンとか、シグマ受容体とか(貴社の情報誌では)、他の情報誌でも同じ様で色々と言っていますが・・。

人は大脳から情報を得て、記憶を海馬に蓄積させているようです。

海馬に、どのくらい多く心の葛藤が蓄積されているか、どうかですね。

 全ての人は、自分が胎内に居る時から、何らかの心の葛藤を持ちながら、誕生して~成長します。

<生い立ちから自分の現在>に至るまで、人は、誰しも多かれ少なかれ{心の葛藤}を

抱えて育っています。

この記憶の葛藤が、大脳生理学的に神経・内分泌ホルモン・免疫系に関係して来るようです。

<<うつ病>>追加編(7)

2007 年 1 月 27 日 土曜日

 『うつ病』その他色々な心の病気、心身症や神経症などでも、しばしば{転地療法}をする場合が有ります。

転地療法とは、自分の住んでいる所から暫く離れて過ごす、要するに自分の環境を変える事です、ね。

確かにその<考え方>は理解できます。

ですが、多くの場合、元の環境・元の場所に戻って来ると、また同じ心になってしまい、それぞれの心の葛藤、心身症、神経症、うつ病なども再発して来ます。

うつ病者の場合では、転地するにしても病状の程度を考えておかないと、環境の変化で自殺する人もたまに居ます。

注意が必要です。

 

 確かに悩む場所から離れる事、その間は心で拘っている{事、物、人}から距離が出来るので良い面はありますが、元の場所へ戻るのに恐怖を感じる事もあります。

 面白いというか、興味深いこの様な話があります。

{心の扉}を開くのに、人間世界から飛び出して、即ち、俗世間から離れて自分の{心の迷い}の悟りを開く・・・。

{心の扉}を開くのに、俗世間の中で開こうとするのか、悩める俗世間を飛び出して・・・、と考えるだけです。

単なる転地療法では、<考える、人生を考える>なんて事はありません。

{心の扉}、{悟りを開く}ために俗世間を離れるのであれば、当然<人生とは、何?>などと自分の心をも問い詰める必要があります。

本来的には俗世間から離れずに{心の扉}、{悟りを開く}のが最高でしょう。

しかし、一般庶民には、俗世間の中に居たままで{悟りを開く}開くのは難しいでしょう。

心身症、神経症、うつ病、躁うつ病、などと言っても、<人生を生きる上での心の迷い>だけでしょう。

 

 {心の迷い}が病気の根源です、ね。

 先程から、転地療法なんて言っていますが、単なる転地療法では、あまり得るものは少ないでしょう。

{人生とは、何???}、{自分とは、何???}、{自己とは、何???}、{自己像とは、何???}、{自分の存在とは、何???}、などなど・・・と、熟慮が必要です。

しかし、自分の眼と頭で、自分からの外界を眺めて外観様式で熟慮したのでは駄目です。

 第3の眼で、自分の外側から自分の方へ向いて、自分の会話と行動と心を見詰めること。

そうすれば、自ずと自分の実力と力量が必ず見えてきます。

 

{真実の己を、知ること!!!}これ以外に方法は有りません。

 

 但し、{己を知る!}と言っても、観念か、体得か、で全く心の境地は変わります。

{課題}を提出しますので「インターネット心理療法」を試して下さいませ。

<<うつ病>>追加編(6)

2007 年 1 月 25 日 木曜日

 人間は孤独に弱いですね。

寂しさや悲しさなどにも弱いです。

そのわりには「人が嫌い」とか「気が合わない」とか、自分でマイナスの感情を持って距離を置こうとします。

寂しいことなのですが、孤独で辛いことなのですが、自分で{悲しい、どうしようもない気持ち}を作りあげるのです。

 

 本質的には、人間誰しもが人生を強く生きるために、自分で積極的に{孤独な環境}を作り上げ、そして孤独の中に自分を置いてみる事です。

孤独な感情を味わってみないと、他人の孤独な悲しい気持ちが理解できないからです。

孤独で寂しく人生を過ごしている人達の気持ちを充分に理解してあげる・・・大切なのです。

 そうは言っても、自分の本性的な心で孤独感を感じる人達は、自分だけではなかなか現実の人間社会に自分を連れ戻す事が下手なものです。

人間は、自分の心を反転する能力を、自分の身に付けなければいけません。

また、孤独に襲われるのは自分が勝手に<相手を拒否する>からです。

それで、嫌いとか、気が合わないとか、怒りとか、恨むとか、そんな自分の心を反転する事でもあります。

 

 うつ病者は、殆どの場合(100人中100人と言っても良いですが・・・)自分の心は、真面目だと思っています。

勤勉だとも思っています。

本当に真面目で勤勉な人達が、悩んだりするでしょうか?

自分は真面目だと大きな顔をしている人達は、ある時に突然に大きく落ち込む場合もあるでしょう。

自分が真面目だと考えている人達、多くの自称健常人も<自分達は真面目だ>と思っていますけれど、何とか無意識的に自分の心の葛藤を処理しているだけの事です。

 

 心・性格・人格の問題ですが、心理療法に長く関わっていると、自分が<真面目であると思っている人達>ほど、俗世間への適応に苦しみを感じています。

自分は本当に<真面目でない>と考えている人ほど、人生を生きるのに悩まないですね。

 

 冗談でこんな話をしているのではありません。

唯、真実を述べているのです。

人間が此の世を生きるには、ギブ&テイクの世界です。

{エゴ}全部を捨てて生きるなんて無理です。

多くの人達、実業家も、学者も、政治家も、弁護士も、医師も、富豪者も、芸術家も、一般のサラリーマンも、諸々の人達、皆を含めて<悪人で生きて>います。

彼等の中の一部の人達は<自分の悪の心の本性>に気づいている人も居ますが、多くの人達は、自分達の心を顧みないので、そんな<自分の悪の心の本性>は見えていません。

 

 ここで、悪人意識が何故に大切なのか、と言えばですね、自分が善人と思う人達ほど無意識的に<テイク>を考えます。

悪人意識・駄目人間・愚かな人間・・・などなど、自分の心を真実に知っていると<ギブ>の心も湧いてきます。

勇気も出ます。

報恩の心、です。